ルークトゥンモーラム関連本 レヴュー

【雑誌】現場のリアルな空気が伝わる1990年代のコンサート・リポート

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かつてミュージック・マガジン社から発行されていた、故中村とうよう氏がワールド・ミュージックを取り上げるために作った季刊誌「NOISE」。

その9号(1991年春号)にモーラム・コンサートのリポートが掲載されていました。

記事のタイトルは「タイの大衆歌謡 ルーク・トゥンを追って―ピンパー・ポーンシーリー・コンサート現地リポート」というもので、記事を書いたのはジャーナリスト、ジョン・クルーリー(John Clewley)という人です。

Noise 9号の表紙

この頃は既に前川健一氏がルークトゥンの取材をされていたので、日本で初めてルークトゥンが取り上げられた記事とは言い切れませんが、タイ音楽が日本の雑誌で取り上げられた最初期のものである事には間違いありません。

この本が発売された当時、自分はまだタイの音楽が特に好きだった訳ではなく、タイという国にもおぼろげなイメージしかなかったんですが、このリポートにはどこか興味を引かれて、繰り返し読んでいました。

発表から20年以上が経過したこの記事ですが、読み返してみると様々な発見がありましたので、その内容を簡単に紹介したいと思います。

記事は全部で10ページに渡り、カラー写真もふんだんに使われていて、文章の素晴しさもあいまって臨場感たっぷりのリポートになっています。

ここではトンブリーにあるワット・バーンケーンで行われたピムパー・ポーンシリ(พิมพา พรศิริ)のコンサートをリポートしています。

今も現役で活躍しているピムパーですが、当時人気絶頂でして、彼女の楽団は総勢133人のスタッフと9台のトラックを有していた、と書かれています。

そしてコンサートやバックステージでのスタッフと踊り子たちとの様子を、非常に緻密に、時には演目の解説を交えながらリポートしてくれています。

中でも熱気溢れる客席の様子や、珍しい客を見つけるといじるコメディアンとのやり取りなど、臨場感溢れる描写が、今読んでもその現場にいるような感覚にさせてくれて素晴らしいです。

実際に現地でのルークトゥンコンサートを経験した後にこのリポートを読んでみると、形態や会場の様子の多少の変化はあれ、全体的なスタイルは基本的に変わっていない部分が多い事が良く分かります。

なお、ピムパーが1986年に出したヒット曲「サウジの妻の涙」のタイ語タイトルを、文中では「ナム・ター・ミア・スット」と表記していますが、正しくは「ナームター・ミア・サーウッ(น้ำตาเมียซาอุ)」です。

そして、全10ページの内、コンサート・リポートは半分で、残りはルークトゥンやモーラムの歴史、当時の現状、関係者の証言などにページを割かれています。

ただ、一部の記述は後に書かれた大内治氏の本「タイ・演歌の王国」と若干違っている部分もあり、この辺りは検証が必要です。

しかし、ベテラン・ラジオDJのヂェーンポップ氏の発言や、カントリー、ラテン音楽がルークトゥンに与えた影響、モーラムの変化の過程などは、このジャンルに興味があるものにとっては非常に重要で、資料としても貴重です。

そして、既にお気づきの方もいらっしゃると思いますが、この頃はまだプムプアン・ドゥアンヂャンが存命の頃でした。

今は神格化され、彼女の音楽を冷静に判断する人は少なくなっていますが、リアルタイムにプムプアンの歌に触れていたクルーリー氏は、晩年の彼女の歌を「サーコン(ポップス)寄りになって、その(歌の)力をほとんど失ってしまっていて残念」と書いているのも興味深い所です。

しかし、自分が思うにプムプアンの歌が力を失ったのは、ポップスよりになったからというよりも、当時の激務が祟って体調を崩してしまっていた事が大きな要因だったのではないでしょうか。ただ、それも最悪の結果になってしまったから言える事でもあるのですが・・・。

あと、この記事はクルーリー氏が英語で記述したものを編集部が翻訳したものである可能性が考えられ、タイ語の表記、特に人物名やジャンル名などが実際のタイ語とは違うものになってしまっているのが残念です(先のピムパーの名前もそうで、この雑誌の記事中では「ピンパー・ポーンシーリー」と表記されていますが、よりタイ語に近い表記にすると「ピムパー・ポーンシリ」になります)。

例えば、「カムロン・サンブンナーノン」が「カムロット・サンブーンナノン」になっていたり、「スラポン・ソムバッチャルーン」が「スラポン・ソンバッジャラーム」になっていたり、と。ただ、人物名は一部が分かれば何となく追い込めるのですが、一般的な単語だとかなり難しくなってしまいます。

記事中に「ガーン・トゥリアム・ルーク・トゥン」という表記があるのですが、最初、これが何のことだか分からなかったのですが、しばらく考えて、ようやく「カントゥルム(กันตรึม)」を意味している事が分かりました。

英語から起こすとタイ語の原音に近い表記というのは難しくなってしまいますので、その辺はいた仕方ありません。そんなマイナス面を鑑みても、このリポートはタイの音楽を知る上では非常に貴重な資料である事は変わりありません。

最後にこの記事の中のクルーリー氏が書いている文章で、特に感銘を受けた言葉を挙げておきたいと思います。

「タイのポピュラー音楽は、まだ我々が知らないアジアのポピュラー音楽の中でも、もっともすばらしいもののひとつだと思っている。外からの影響が文化と音楽の中に消化され、明らかにタイ的なものに変化する。(中略)ルークトゥンもさまざまなソースから取り入れ、ユニークなものを作り出していくのだ。」

タイ音楽の魅力を的確に表現していて、素晴らしい言葉だと思います。

今はブログというものがあり、写真と動画を貼り付ければ稚拙な文章でも、なんとなくリポートらしいものが出来上がってしまいますが、そういったものは大体1回は読めてもそれ以上繰り返し読む気にならないものです。

時間が経ってもそのコンサートの素晴しさ、現場での空気感を的確に伝えてくれるのは、音楽に対する愛情とそれを捉え伝える事の出来るセンスなのだという事を、この記事を読み返して実感させられました。

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