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【祝!アルバム発売】Monaural Mini Plug(モノラル・ミニ・プラグ)特集

今や「タイ音楽」という枠に留まらず、各方面から注目を集めるバンドになった、日本で唯一のピン・プラユックバンド、Monaural Mini Plug(モノラル・ミニ・プラグ)。 これまでニッチなジャンルだったタイ音楽のスタイルを取り入れ、それを幅広い層に認知させた功績は大きい。 そんな彼らのアルバムがついに8月22日、P-Vineレコードからリリースされる事になりました! このアルバムリリースをキッカケにさらに彼らの注目度が上がる事は必死です。 そこで、まだモノミニの事を知らない人の為にも、これまで僕が撮影してきた動画を中心に、アルバムレビューも交えてこのバンドの魅力をお伝えしたいと思います。 バンド・プロフィール まずは簡単にこのバンドのプロフィールを(詳細はCDに添付されているSoi48の宇都木さんが書かれたライナーノーツをご参照ください)。 2010年に大学のサークルでピン担当の真保信得(しんぽのえる)君とパーカッション担当の富樫央(とがしひろ)君が知りあったことからスタートしたというこのバンド。 当初はタイ音楽とは関係ない音楽をやっていたそうですが、タイ音楽を知ったことにより方向転換。今のピン・プラユックを取り入れたスタイルになったそうです。 その後、ベース担当の黛敏郎(まゆずみとしろう)君が加入し3人体制に。また、タイで本格的にピン・プラユックを学ぶ為にテーク・ラムプルーン先生(อ. แต๊ก ลำเพลิน)に師事します。 さらに、ケーン担当牛田歩(うしだあゆむ)君が加入した事で現在の4人体制になりました。ライブではサポートメンバーが加わって演奏する事もあります。 ちなみにピン・プラユック(พิณประยุกต์)とは、ラオス~イサーンの伝統楽器ピンにピックアップを取り付けて電気化された、エレクトリック・ピンの事です。 つまり楽器の名前なのですが、この楽器を中心にした音楽スタイルの事もこう呼びます。 この音楽が演奏される場は出家や結婚式など祝い事が中心で、コンサートで演奏される事はほとんどありません。 中にはクンナリン・シンのように、海外で注目された事でコンサートを行うグループもありますが、こういうケースは非常に稀です(というか、彼ら以外にいないはず)。 ◆ペッチャブーン県ロムサックでのピンプラユック ライブを中心に活動していた頃 僕が彼らの事を知ったのは、まだバンコクに住んでいたころの2016年後半頃だったと思います。 日本でのイベントにタイの音楽をやっているバンドが出演するという情報をインターネットで見たのが最初でした。 果たしてどんなバンドなのか?と、YouTubeを探っていて見つけたのが次の動画。いやぁ~、たまげましたねwww 映像がチープというのはさておき、この怪しい日本語は何なのだ?、この人たちは本当に日本人なのだろうか?と。 しかし、もしかしたらその日本語は自動翻訳を使ってあえて怪しさを出しているのかも、と考えるとこの人たちはなかなかの面白いセンスを持った人たちなのではないか、という気がしてきました。 それに、日本でタイ音楽を取り入れたバンドが出てくるなんて考えもしなかったので、その点ではすごく嬉しかったですね。 次の動画はたぶんその時のイベントに出演した時の彼らを撮影したものではないかと思われます。 まだこの頃は3人体制でした。 それと、今回この記事を書くに当って色々調べていた中で、こんな動画も見つけました。これはまだ方向転換して間もない頃のライブではないでしょうか。 今はインスト中心のバンドになりましたが、この時はパーカッション担当の富樫君が歌を歌っているという点で珍しい映像でもあります。 しかし、この頃はきっと耳コピで手探りでやっていたのでしょうけど、結構しっかりした演奏ですね。 それからしばらくは、僕がバンコク在住という事もあり、情報はあまり入ってこなかったのですが、どこか頭の片隅に彼らの存在が気になっていたのも事実です。 そんなモノミニがグッと身近に感じられるようになったのは、ケーン担当の牛田君が加入したというニュースを聞いた時でした。 実は牛田君とはこのバンド加入以前に面識が有って、2014年8月にバンコク・ラマ2世でのデンチャイ&プレーウプラーウのライブを僕と友達が観に行った時、彼もそこに来ていて、少し話をした事があったのです。 その時は彼がケーンをやっているという事を知らなかったのですが、面識のある人がメンバーになったという事で、俄然興味が湧いてきました。 帰国してから一度ライブを観たいと思い、そのタイミングをうかがっていたのですが、なかなか自分の都合と彼らのライブ日程とのタイミングが合わず、ようやくその時が訪れたのが、2017年9月24日新宿Be-WaveでのSoi48のパーティーでした。 ここで彼らがゲストとして演奏するというので、カメラを持って出かけて行きました。 会場は狭かったという事もありましたが、なんと超満員!モノミニ目当てで来ていた人はどれくらいいたか分りませんが、ライブは大盛況で、これをキッカケに彼らに興味をもった人も多くいたのではないでしょうか。 その後、再びSoi48関連のイベントで2018年2月24日に渋谷WWWで行われた「爆音映画祭2018 特集タイ|イサーンVol.2」で演奏する事になったモノミニ。 タイの人間国宝との共演という貴重な体験もさることながら、演奏の途中にステージを降りて客席で演奏するというスタイルに、この日訪れたオーディエンスは大きなインパクトを受けたことでしょう。 実際にSNSにも、このライブの後、彼らの演奏に衝撃を受けたというコメントが溢れていました。 その後ライブの本数も増えていき、コンスタントに演奏活動が出来るようになっていったようです。 ◆Monaural Mini Plug Live@ヘブン・アーティスト(2018年5月5日) この銀座でのライブの後に彼らはタイへ行き、新しい楽器を調達して来たようです。 特に富樫君のパーカッションはパワーアップしていて、この山梨県甲府で開催された「KAMIKANE3000」では、これまで以上に熱のこもった演奏を聴かせてくれました。 ◆Monaural Mini Plug Live@KAMIKANE 3000(2018年6月2日) また、近年注目を集めている東京中野・八幡神社での大盆踊りにも参加し、僕は見られませんでしたが、チンドンとの共演もあったようでした。 ◆Monaural Mini Plug Live@八幡神社・大盆踊り(2018年7月21日) と、ここ1年で急速に知名度を上げていったモノラル・ミニ・プラグ。 タイ音楽のスタイルを取り入れているバンドがここまで世間に認知されるとは思っていなかったので、それだけでもタイ音楽ファンとしては感慨深かったのですが、さらに嬉しい知らせがこの後入ってきました。 それが、今回リリースされる事になった彼らの1stアルバムのニュースでした。 アルバム「サムライ・メコン・アクティビティ」レビュー 正直、こんなに早く作られるとは思っていなかったので、聞いた時は結構ビックリしたこの1stアルバム発売のニュース。でも、彼らの事をもっと多くの人に知ってもらうにはちょうど良いタイミングだったのかもしれません。 アルバムのタイトル「サムライ・メコン・アクティビティ」は彼らがタイで調達して来た楽器のメーカー「サムライ」と、メンバーが敬愛するテクノポップのレジェンド・クラフトワークのアルバム「放射能(Radio-Activity)」から由来するものという事。 リミックスを含む全6曲収録という事でミニアルバムの体制ですが、名刺代わりという点ではちょうど良いボリュームではないかと思います。 収録曲は24分の長尺の1曲(M-5)を除いて、3~5分台の曲でまとめられています。 曲は本場タイのピンプラユックでも演奏されているスタンダードも含まれていますが、中にはテクノをピンプラック・アレンジにした曲なんかもあり、なかなかユニーク。 しかし、彼らの真価が発揮されるのはやはり長尺の曲だと思います。 そして以前から気になっていたことなのですが、先にも触れたように彼らはクラフトワークを非常に好きなようで、今回のアルバムタイトルだけでなく、演奏の中にも「ヨーロッパ特急(Trans Europe Express)」や「ロボット(Robots)」、「モデル(Model)」といったクラフトワークの代表曲のフレーズを盛り込んでいます。また、今回のアルバムのM-5のイントロでモーターサイのエンジン音が入れられているのは、たぶん「アウトバーン(Autobahn)」からアイデアを拝借したのでしょう。そういえば、4人組というのもクラフトワークと同じです。 ◆クラフトワーク/ロボット(ドイツ語ヴァージョン) ただ、メンバーの年齢は全員20代半ば。そんな若い彼らがなぜクラフトワークなんか知っているのか?と、メンバーに直接聞いてみたところ「父親が好きだから」という答えが返ってきました。 ガーン! という事は、彼らの親は僕と同じ世代という事か・・・。ちょっと、軽いショックでした555 と、余計な話はさておき、このアルバムを聴いての感想なのですが、きっと録音が相当難しかったのだろうな、という印象を受けました。 宇都木さんがライナーでも書かれていますが、タイでもピンプラユックの録音というが少ないので、全体の音のイメージが沸きにくかったのでしょう。 荒々しい音を出したかったそうですが、ちょっと音がもこもこしてしまっている点は残念です。特にベースとパーカッションの音の分離が悪いのは惜しいです(特にM-3はそれが顕著に出てしまっている)。 それでもかなり健闘している方だとは思います。ただ、荒々しさを出したかったのなら、クンナリン・シンのアルバムのように、スタジオではなく野外で録音した方が、この音楽をダイレクトにパッケージ出来たのではないかな、と思いますけどね。 あと、例のテクノのカヴァー曲ですが、これはちょっと詰めが甘かったかな。まだチグハグな感じが残ってしまっているので、もう少しライブで試して、こなれてから録音した方が良かったのではないでしょうか。 ◆アルバム「サムライ・メコン・アクティビティ」オフィシャル・ティーザー とはいえ、単なるピンプラユックの模倣ではなく、自分たちなりのオリジナルを目指そうという心意気が伝わってくる所は好感が持てます。そして、今の彼らを知ってもらうには必要充分な内容になったのではないでしょうか。 ぜひ、ひとりでも多くの人に聴いてもらいたいアルバムです。 ライブの予定 アルバムが発売されて、さらなる活躍が楽しみなこの4人ですが、すでにいくつかのライブが決定しています。 まずは8月24~26日に富山県南砺市で開催されるワールド・ミュージックの大きなイベント「スキヤキ・ミーツ・ザ・ワールド」に出演します。 モノミニは8月26日ガーデンステージで15:30~16:00に出演予定。 タイムテーブルはこちらをご確認ください⇒http://sukiyakifes.jp/2018/08/05/gardenstage2018/ また、アルバムの発売に関連してインストア・ライブも行われます。 こちらは9月2日(日)ディスク・ユニオン新宿1Fロックストアにて、16:00スタート予定。無料です。 ちなみに、ディスク・ユニオンでアルバムを購入すると特典として、6月2日KAMIKANE3000での彼らのライブを収録したCDR(20分)がもらえるそうです。枚数など書かれていないので、購入者全員もらえるのでしょう。 なお、ディスク・ユニオンは新宿に何店舗もあるのでお間違いなく。 詳細はこちら⇒http://blog-shinjuku-rock.diskunion.net/Entry/9564/ 最後にこれが一番重要なのですが、9月15日(土)アルバム・リリース・パーティーが行われます。 場所はワールド・ミュージック・ファンにはおなじみの青山のレストランバーCAY。スタートは19:00です。Soi48などゲストもあり。 詳細はこちらから⇒http://www.spiral.co.jp/e_schedule/detail_2695.html チケットは前売り\2500、当日\3000。現在ローソン・チケットで発売中です。 ローソン・チケット⇒http://l-tike.com/order/?gLcode=73545&gPfKey=20180710000000346217&gEntryMthd=01&gScheduleNo=1&gCarrierCd=08&gPfName=%EF%BC%AD%EF%BD%8F%EF%BD%8E%EF%BD%81%EF%BD%95%EF%BD%92%EF%BD%81%EF%BD%8C%E3%80%80%EF%BD%8D%EF%BD%89%EF%BD%8E%EF%BD%89%E3%80%80%EF%BD%90%EF%BD%8C%EF%BD%95%EF%BD%87&gBaseVenueCd=38886 最後にひとつオマケのお知らせです。 文中でも触れた、彼らの師匠であるテーク・ラムプルーン先生はバンコクの隣サムットプラーカーンのプラプラデーンにあるイサーン料理のお店「ソムタム・パー・プルーン(ส้มตำพาเพลิน)」スクサワット店で、金・土・日の18:00~20:00にピンを演奏しています。 ...

【タイの奇跡】いきなり世界デビューしたタイのローカルバンドの話

世の中には「奇跡」と呼びたくなる話があるものですね。 日本ではあるお笑い芸人がネットにアップした1本の短い動画がキッカケで、一躍世界の人気者になったという事がありましたが、タイでも同じようなミラクルな話がありました。 そのバンドはタイのペッチャブーン県のロムサックという僻地でひっそりと活動していました。名前は「ピン・プラユック・カナッ・クン・ナリン・シン(พิณประยุกต์ คณะ ขุนนรินทร์ศิลป์)」(以下「クン・ナリン・シン」)といいます。 バンドといってもロックなどを演奏している若者のバンドなどではなく、地元でお祭りや催事がある時に演奏する有志が集まるグループですので、コンサート活動をしている訳ではなく、もちろんCDデビューを目指していた訳でもありません。 しかし、1本の動画が彼らの運命を大きく変えてしまいました。 その運命を変えた動画というのが、2011年にYouTubeにアップされたこの動画です。 何の変哲も無いこの動画。この手のバンドはタイ各地に沢山いますし、彼らだけが突出した何かを持っているという感じでもありません。それに、特に再生回数が多かった動画という事でもありませんでした。 ただ、この動画が偶然あるアメリカ人の目に留まった事から、このバンドの運命が大きく変わります。 そのアメリカ人とは、ジョシュ・マーシー(Josh Marcy)という人で、彼はロサンゼルスの音楽プロデューサーでした。 ジョシュはこの動画を見て、そのサイケデリックなサウンドに衝撃を受けます。そして、自らの足でこのバンドがいるペッチャブーン県ロムサックへと向かいました。 そこでバンドの演奏をフィールド録音し、2014年にInnovative Leisureというレーベルからリリースされたのがアルバム「クン・ナリン・エレクトリック・ピン・バンド(khun Narin Electric Phin Band)」です。 ◆ジョシュがロムサックに訪問した際のショート・ムービー 英語表記されたバンド名をタイトルにしたこのアルバムは、何のギミックも施されていないチープで素朴なサウンドが収録されています。日本人にとってはどこか懐かしさを感じさせる音ですが、欧米人にはサイケデリックに感じるようですね。 タイではこの手の音楽を録音して、さらにCDとして発売するという意識はこれまでになかった為、CDになったのはこれが世界で初めてではないでしょうか(事実、今でもこのCDはタイでは売られていない)。 ちなみに、バンド名に付けられている「クン・ナリン」の「クン」ですが、タイ語の「~さん」を意味する「クン(คุณ)」ではなく、「首領、リーダー」の意味の「クン(ขุน)」ですので、お間違えのないように。 ここまででも充分ミラクルな話ではありますが、この後の展開がさらに凄いです。 彼らはこのアルバムが発売された事で世界に名前が知れ渡り、ついにはフランスの大きな音楽フェス「Trans Musicales 2015」に出演する事になってしまいました。 タイの僻地で活動していたバンドが首都バンコクをすっ飛ばして、いきなりフランスの大舞台での演奏。しかも、タイでは地元民しか知らない存在だったのですから驚きです。 なお、このフランスでの演奏はよそ行き用で、現地で演奏しているスタイルとは若干異なります。違う点はドラム・セットで、現地で演奏している時と同じという訳にはいかず、一般的なドラムスが使われています。とはいえ、選曲はそれほど変えている訳ではないので、彼らの本来の音楽が損なわれているという事はありません。 それなのに、動画を見るかぎりでは結構な盛り上がりようです。まさかタイの単なる田舎バンドの音楽がここまで海外で受けるとは、誰が想像したでしょうか。多分、一番ビックリしているのは本人達であり、タイの人達でしょうね。 彼らの活躍はタイの業界でも注目されていたようで、テレビ局「VOICE TV」でも取り上げられていました。 ちなみに、ライブ動画でチャープという大きいシンバルを持って酔っぱらいのように踊っているオッサンがいますが、彼がこのバンドのリーダー、ナリンさんです。 その後も海外の音楽イベントに何度も呼ばれ、各国で演奏してきたクン・ナリン・シンですが、タイの一般人にはその名前が知られる事はほとんどありませんでした。 それもそのはずで、先にも述べたように、タイではこの手の音楽は地元民が催事などの時だけに聴くものであって、わざわざCDやコンサートで聴くようなものではないからです。 当然、こうやって地元以外で演奏しているこのタイプのバンドは、タイではこのクン・ナリン・シンしかいません。 しかし、ここに来てタイでも俄かに彼らが注目される動きが出てきました。 2017年12月にパタヤで開催された音楽フェス「Wonder Fruit」に出演したのです。 しかも、メインステージでの演奏でした。 ピン・プラユックのバンドが音楽フェスで演奏するという事は、タイ国内ではこれまで全く無かったでしょう。そう考えると、彼らの活躍はこのジャンルの音楽にとってエポックメイキングな出来事であった事には間違いありません。 何度も言っているようにタイではこの手の音楽を家で面白がって聴く慣習はありません。ですので、クン・ナリン・シンのように将来的にCDやコンサートデビューするこの手のバンドの数が増えてくるかというと、それはほぼ無いでしょう。 そういった意味では、このクン・ナリン・シンがCDデビューしたという事も、彼らが海外でコンサートをしているという事も、さらにこのサウンドが外国人に受けているという事も、すべてが奇跡であると言っても過言ではないでしょう。 ◆A short documentary on Khun Narin Electric Phin band ※ピン・プラユックとクン・ナリン・シンに関しては、本「旅するタイ・イサーン音楽ディスクガイド」にも詳しく書かれていますので、こちらもご参考に。

【本】タイ・演歌の王国・・・ルークトゥンモーラムを通して見るタイ社会

『タイ・演歌の王国』大内 治/著 (現代書館 1999年発行) 第一章・・・ルークトゥン・モーラムを見に行く 第二章・・・ハーン・クルアン(踊り子)考 第三章・・・《ルークトゥン》の世界 第四章・・・《ルークトゥン》を読む ルークトゥンモーラムが日本人に知られるようになってだいぶ経ちますが、日本語で書かれたこのジャンルに関する本というのはまだまだ少ないのが現状です。 この本「タイ・演歌の王国」はそんな数少ない中の貴重な1冊です。 発行されてから長い時間が経ってしまっていますが、今でもルークトゥンモーラムという音楽を楽しむ上で重要な情報も多く書かれている、ファンにとっては価値のある本と言えます。 ただし、大内氏は「まえがき」でも書いていますが、この本はルークトゥンモーラムの専門書ではなく、歌詞から「タイ」という社会を読む、というスタンスで書かれています。 それは多分、この著者はもともと音楽好きだったという訳ではなく、たまたまタイでルークトゥンモーラムという音楽に興味を持っただけ、だからだと思います。 この本を読んでいると、「この人は音楽の事はあまり知らないんだろうな」と感じる部分が多々見受けられます。 ですが、本書にしか書かれていない情報なども多く、ファンにとっては参考になる内容である事は事実です。 本書の内容は、大きく前半と後半に分けることが出来ます。 前半の第一章と第二章はバンコクとイサーンでのモーラムを中心としたコンサートから見えるタイの社会と、コンサートの華「ハーン・クルアーン」を大内氏なりに分析した内容です。 シリポン・アムパイポンのコンサートでの衝撃の体験から始まるコンサート見聞録を読むと、タイにおけるコンサートのあり方というのが今も昔もまったく変わっていないというのが分かって興味深いです。外国人がルークトゥンモーラムのコンサートを観るには、本当に難しいのだなぁ、というのが身に染みます。 また、「ハーン・クルアーン考」は大内氏ならではの視点で描かれていて、興味深い内容になっています。自分は踊り子すべてを「ハーン・クルアーン」と呼ぶのかと思っていましたが、大内氏はハッキリと「ハーン・クルアーン」と「ダンサー」は違うという事を述べていて、この辺りは大内氏独自の考えが垣間見えて、なかなか面白く感じました。 後半の第三章と第四章はルークトゥンを扱ったパートで、第三章ではルークトゥンの歴史を、第四章ではルークトゥンの歴史的歌手のプロフィールと、ルークトゥン最大のヒット曲と言われているインヨン・ヨードブアガームの「ソムシー1992」の歌詞から、ヒットする曲の理由を考察しています。 ◆インヨン・ヨードブアガーム(ยิ่งยง ยอดบัวงาม)/ソムシー1992(สมศรี1992) この本を通して読むと、大内氏が主張する「ルークトゥンモーラムはタイが見えてくる音楽」という事が良く分かります。 今は沈静化していますが、完全に無くなった訳ではない赤対黄色の問題など、モーラムがタイ(特に中央)で過去、どのように扱われてきたのかを知ると、モーラムという音楽をより深く理解出来るような気がします。 また、ルークトゥンはあまり興味のない人が聴くとどれも同じような曲に聴こえるかも知れませんが、ひとつの曲に100の歌詞と言われるように、ルークトゥンの魅力の本質は歌詞にあるという事が本書を読むとよく分ります。 ただ、残念なのはタイトルに「演歌」という言葉を使っている点です。 ルークトゥンモーラムを実際に聴いたことのある方ならお分かりの通り、この音楽は歌謡性の高い音楽なので、演歌的な要素が含まれているは事実ですが、イコールで結べるほど狭い音楽性ではありません。 そこを安直に「演歌」という言葉を使ってしまった事で、世間に歪んだイメージを与える事になってしまったのは、大きなマイナス点です。 著者の大内氏は違うのかもしれませんが、多くの日本人は演歌に対して良いイメージを持っていません。 日本ではまだまだ知名度の低いこの音楽を、初めて聴く人にこの言葉を使えば、敬遠する可能性が大いにあることを、良く考えてタイトルを付けてほしかったというのが、ルークトゥンモーラムに関わる身としては思うところです。 とは言え、今もルークトゥンモーラムを知る上で避けて通れない本であることには変わりありません。

【雑誌】現場のリアルな空気が伝わる1990年代のコンサート・リポート

かつてミュージック・マガジン社から発行されていた、故中村とうよう氏がワールド・ミュージックを取り上げるために作った季刊誌「NOISE」。 その9号(1991年春号)にモーラム・コンサートのリポートが掲載されていました。 記事のタイトルは「タイの大衆歌謡 ルーク・トゥンを追って―ピンパー・ポーンシーリー・コンサート現地リポート」というもので、記事を書いたのはジャーナリスト、ジョン・クルーリー(John Clewley)という人です。 この頃は既に前川健一氏がルークトゥンの取材をされていたので、日本で初めてルークトゥンが取り上げられた記事とは言い切れませんが、タイ音楽が日本の雑誌で取り上げられた最初期のものである事には間違いありません。 この本が発売された当時、自分はまだタイの音楽が特に好きだった訳ではなく、タイという国にもおぼろげなイメージしかなかったんですが、このリポートにはどこか興味を引かれて、繰り返し読んでいました。 発表から20年以上が経過したこの記事ですが、読み返してみると様々な発見がありましたので、その内容を簡単に紹介したいと思います。 記事は全部で10ページに渡り、カラー写真もふんだんに使われていて、文章の素晴しさもあいまって臨場感たっぷりのリポートになっています。 ここではトンブリーにあるワット・バーンケーンで行われたピムパー・ポーンシリ(พิมพา พรศิริ)のコンサートをリポートしています。 今も現役で活躍しているピムパーですが、当時人気絶頂でして、彼女の楽団は総勢133人のスタッフと9台のトラックを有していた、と書かれています。 そしてコンサートやバックステージでのスタッフと踊り子たちとの様子を、非常に緻密に、時には演目の解説を交えながらリポートしてくれています。 中でも熱気溢れる客席の様子や、珍しい客を見つけるといじるコメディアンとのやり取りなど、臨場感溢れる描写が、今読んでもその現場にいるような感覚にさせてくれて素晴らしいです。 実際に現地でのルークトゥンコンサートを経験した後にこのリポートを読んでみると、形態や会場の様子の多少の変化はあれ、全体的なスタイルは基本的に変わっていない部分が多い事が良く分かります。 なお、ピムパーが1986年に出したヒット曲「サウジの妻の涙」のタイ語タイトルを、文中では「ナム・ター・ミア・スット」と表記していますが、正しくは「ナームター・ミア・サーウッ(น้ำตาเมียซาอุ)」です。 そして、全10ページの内、コンサート・リポートは半分で、残りはルークトゥンやモーラムの歴史、当時の現状、関係者の証言などにページを割かれています。 ただ、一部の記述は後に書かれた大内治氏の本「タイ・演歌の王国」と若干違っている部分もあり、この辺りは検証が必要です。 しかし、ベテラン・ラジオDJのヂェーンポップ氏の発言や、カントリー、ラテン音楽がルークトゥンに与えた影響、モーラムの変化の過程などは、このジャンルに興味があるものにとっては非常に重要で、資料としても貴重です。 そして、既にお気づきの方もいらっしゃると思いますが、この頃はまだプムプアン・ドゥアンヂャンが存命の頃でした。 今は神格化され、彼女の音楽を冷静に判断する人は少なくなっていますが、リアルタイムにプムプアンの歌に触れていたクルーリー氏は、晩年の彼女の歌を「サーコン(ポップス)寄りになって、その(歌の)力をほとんど失ってしまっていて残念」と書いているのも興味深い所です。 しかし、自分が思うにプムプアンの歌が力を失ったのは、ポップスよりになったからというよりも、当時の激務が祟って体調を崩してしまっていた事が大きな要因だったのではないでしょうか。ただ、それも最悪の結果になってしまったから言える事でもあるのですが・・・。 あと、この記事はクルーリー氏が英語で記述したものを編集部が翻訳したものである可能性が考えられ、タイ語の表記、特に人物名やジャンル名などが実際のタイ語とは違うものになってしまっているのが残念です(先のピムパーの名前もそうで、この雑誌の記事中では「ピンパー・ポーンシーリー」と表記されていますが、よりタイ語に近い表記にすると「ピムパー・ポーンシリ」になります)。 例えば、「カムロン・サンブンナーノン」が「カムロット・サンブーンナノン」になっていたり、「スラポン・ソムバッチャルーン」が「スラポン・ソンバッジャラーム」になっていたり、と。ただ、人物名は一部が分かれば何となく追い込めるのですが、一般的な単語だとかなり難しくなってしまいます。 記事中に「ガーン・トゥリアム・ルーク・トゥン」という表記があるのですが、最初、これが何のことだか分からなかったのですが、しばらく考えて、ようやく「カントゥルム(กันตรึม)」を意味している事が分かりました。 英語から起こすとタイ語の原音に近い表記というのは難しくなってしまいますので、その辺はいた仕方ありません。そんなマイナス面を鑑みても、このリポートはタイの音楽を知る上では非常に貴重な資料である事は変わりありません。 最後にこの記事の中のクルーリー氏が書いている文章で、特に感銘を受けた言葉を挙げておきたいと思います。 「タイのポピュラー音楽は、まだ我々が知らないアジアのポピュラー音楽の中でも、もっともすばらしいもののひとつだと思っている。外からの影響が文化と音楽の中に消化され、明らかにタイ的なものに変化する。(中略)ルークトゥンもさまざまなソースから取り入れ、ユニークなものを作り出していくのだ。」 タイ音楽の魅力を的確に表現していて、素晴らしい言葉だと思います。 今はブログというものがあり、写真と動画を貼り付ければ稚拙な文章でも、なんとなくリポートらしいものが出来上がってしまいますが、そういったものは大体1回は読めてもそれ以上繰り返し読む気にならないものです。 時間が経ってもそのコンサートの素晴しさ、現場での空気感を的確に伝えてくれるのは、音楽に対する愛情とそれを捉え伝える事の出来るセンスなのだという事を、この記事を読み返して実感させられました。

【レヴュー】インリー、メジャーデビュー前の幻の1stアルバム

【หญิงลี ศรีจุมพล(インリー・シーヂュムポン)/ย้านตกสวรรค์(ヤーン・トック・サワン)】 1.มักแล้วอดเอา(マック・レーウ・オット・アオ) 2.ดั้งแบนวัดใจ(ダン・ベーン・ワット・ヂャイ) 3.แฟนเฮาเป็นผัวเขา(フェーン・ハオ・ペン・プア・カオ) 4.ย้านตกสวรรค์(ヤーン・トック・サワン) 5.ผู้บ่าวแว่นดำ(プー・バオ・ウェン・ダム) 6.ปิดไฟอายหนอน(ピット・ファイ・アーイ・ノーン) 7.ไม่สนคนหนุ่ม(マイ・ソン・コン・ヌム) 8.ตกตลึง(トック・タルン) 9.บ้ารักเธอ(バー・ラック・ター) 10.ตายคามือ(ターイ・カー・ムー) 11.ภาษาใจ(パーサー・ヂャイ) 12.หลอกให้อยากแล้วจากไป(ローク・ハイ・ヤーク・レーウ・ヂャークパイ) ウボンラーチャターニーで偶然発見 大ヒット曲「コー・ヂャイ・ター・レーク・バートー(ขอใจเธอแลกเบอร์โทร)」で一躍時の人となったインリー・シーヂュムポン(หญิงลี ศรีจุมพล)。 その曲が収録されたアルバム「カー・カオ・サーオ・ラムシン(ขาขาวสาวลำซิ่ง)」がリリースされた時、彼女の名前はほとんど世間に知られていなかったので、最初は「なぜ、こんな無名の人が突然グラミーからアルバムを出せたんだろう?」と不思議に思いました。 しかし、経歴を調べてみると、全くの新人という訳ではなく、歌手としてそれなりのキャリアがあるというが分りました。と同時にアルバムも1枚出している事が判明。それが今回取り上げるこのアルバムです。 となれば一度は聴いて見たいと思うのがファンの心理。ただ、ジャケット写真を見るかぎり、発売されてからだいぶ時間も経っているようですし、どこで売っているのかも分らなかったので、さすがに無理だろうと諦めていました。 それから時間も経ち、そのアルバムの事もすっかり忘れていた2016年。コンサートを観にウボンラーチャターニーを訪れた際、立ち寄ったCDショップで偶然このアルバムを発見してビックリ!まさか今になって巡り会えるとは夢にも思っていませんでした。 スターダムにのし上がる前の貴重なアルバム 計らずも入手できたこのアルバム。多分、日本はおろかタイでもほとんど出回っていないのかもしれません。 というのも、タイ版ウィキペディアのインリーのページにもこのアルバムに関してはわずかしか記載されておらず、しかも収録曲の表記が間違えているという状態。そう考えると、資料としても貴重なものになるに違いありません。 若かりし22歳の頃の記録 このCDはインリーの故郷であるブリラムの「S.P Music」というレーベルからリリースされました。CDに記載されている発売日は2005年9月となっています。 インリーは1983年生まれなので、このアルバムが製作された時は22歳だったようです。グラミーからのアルバムがリリースされたのが29歳の時だったので、それから7年も前の録音という事になります。 ジャケットに使われている写真はその後のメジャーデビュー時とは若干印象が違い、素朴な感じがします。この辺に関しては深いことは触れませんが、急に印象が変わるのはタイでは良くあることです(笑)。 キャッチフレーズには「素晴らしい歌声のロック(ラム)シン女性歌手が歌うルークトゥン」と記載されていまして、その言葉通りほとんど曲がルークトゥン・イサーン(イサーンの言葉で歌うルークトゥン)になっています。その後の「カー・カオ・・・・」の時のようなラムシン色はあまり感じられません。 曲としても引っかかるものがほとんど無く、全体的にも平凡な印象は拭えません。歌に関しても大きなインパクトを残すようなものはありませんので、売れなかったのも頷けますね。残念ながら、ここには「スター歌手」インリーの片鱗は感じられません。 作家としてのインリーの才能 しかし、特筆すべき点がひとつあります。それはインリーの作家としての才能が現れ始めている事です。 今も自身の曲だけでなく、他の歌手にも曲を提供しているインリーですが、その才能はこの頃からあったようで、このアルバムでも12曲中5曲がインリー自身が作った曲です。 インディー全盛の時代になって、タイでも自分で曲を書く歌手が増えてきましたが、このアルバムが製作された頃はまだ珍しかったに違いありません。 そういった意味ではインリーのファン、もしくはルークトゥンモーラムが好きな人にとっては資料的価値はありそうです。 僕は正直、歌手としてのインリーよりも作家としてのインリーに注目しています。いくら大ヒット曲を持っている歌手でもいずれ飽きられる時が来ますが、曲や詞が書ける人というのは絶対数が少ないですが、長いスパンで活動する事が出来ます。その点でインリーには他の歌手には無い大きなアドバンテージがあるといえるでしょう。 原点を知る事で分ったインリーの魅力 サワット・サーラカーム先生が手がけたグラミーからのクオリティーの高いアルバムと比べると、素朴な印象のこのアルバム。 コレクターズ・アイテムといった感じなので、広くはおススメしませんが、インリーの原点を知る事が出来るという点では、興味がある方は機会があれば聴いてみてはいかがでしょうか。 そして、このアルバムを聴いた事で、メジャーデビュー後の彼女の音楽の印象も変わったという事を考えれば、入手できたのはそれなりに意味があったのだと思います。

【レヴュー】シーヂャン&ヌン&ペンナパー:ラムシン・ライブ実況盤

ศรีจันทร์ วีสี-หนึ่ง พลาญชัย-เพ็ญนภา แนบชิด / สุดแซ่บหมอลำซิ่ง ชุด1(พ.ศ.2560) 伝説のペアが解散した後 かつて、ラムシンの女王と帝王的存在だったブアパン・タンソー(บัวผัน ทังโส)とシーヂャン・ウィーシー(ศรีจันทร์ วีสี)のペア。ラムシンと聞いて、まず思い浮かべるのが彼ら2人の名前でした。 しかし2人は2015年中頃、突然袂を分ってしまいます。 その後、ブアパンは若手のボーム・タナットチャイ(บอม ธนัฐชัย)とペアを組み(2017年現在はソット・ナムチャイも加えてトリオで活動中)、一方シーヂャンはロック・イサーンで活躍していた女性ラムシン歌手ワチャラーポン・ソムスック(วัชราภรณ์ สมสุข)と、後輩であるニッタヤー・サーラカーム(นิตยา สารคาม)&ヌン・パラーンチャイ(หนึ่ง พลาญชัย)たちと共に行動する事になりました。 ブアパン組はその後も順調に活動中ですが、一方シーヂャンの方は再編から1年後、再びメンバーチェンジがありました。 ニッタヤーとヌンはコンビを解消し、ニッタヤーはソロ活動、ヌンはそのままシーヂャンの元へ残りました。また、ワチャラーポンも1人で活動する事になり、新たにイサーンで活躍していたペンナパー・ネープチット(เพ็ญนภา แนบชิด)という若手女性歌手を呼び寄せ、シーヂャン&ヌン&ペンナパーという3人組での新たなスタートとなりました。 スター歌手としての潜在能力を秘めたペンナパー ワチャラポーンやニッタヤー&ヌンと行動していた時のシーヂャン組も大好きで、ラムシンのコンサートでは一番多く観に行っていましたから(どちらかというとニッタヤー&ヌン目当てだったけど)、コンビを解消したと聞いた時はとても残念だったのですが、新たに加わったペンナパー・ネープチット(愛称:ター)はその残念な気持ちを補って余りあるほどの逸材でした。 彼女は元々イサーンで場数を踏んでいたので、全くの新人という訳ではありませんでしたが、それでもラムシン歌手としては素晴らしいセンスを持っていましたし、かなりの実力の持ち主である事は初めて観た時にすぐに分りました。 品の良いルックスからは想像できないドスの効いた歌声、お客を上手く巻き込む話術、見栄えのする踊りなど、ラムシン歌手としての要素は充分持ち合わせていましたし、何より歌手としての存在感が素晴らしかったです。 3人の魅力を1時間に凝縮した初めてのライブ映像 そんな新たな才能が加わった彼らの初めてのライブVCDがようやくリリースされました。収録日は2017年3月5日、場所はオンヌットにあるワット・サパーンというお寺です。 このお寺はトップラインの菩提寺になっており、よくコンサート会場としても使われています。VCDとしてトップラインから発売されているライブのほとんどがこのお寺で撮影されたものです。 この時のライブは自分も現場で観ていました。実際のコンサートは4時間近くありましたが、VCDでは当然そんなに長くは収録できないので、抜粋されたものになっています。 収録曲は全14曲で、シーヂャンが5曲、ヌンが4曲、ペンナパーが5曲という割合です。 実際のコンサートでは若手から順に出てきて、御大のシーヂャンは最後に登場するのですが、VCDでは逆にシーヂャンからスタートする構成になっています。 VCDなので映像があまり綺麗でないのと、編集が少々雑なのが気になりますが、ラムシン・コンサートの醍醐味が上手く凝縮されていて、ラムシンが好きなら充分に楽しめる内容といえるるでしょう。 現場では雰囲気に飲まれてしまい、曲をしっかりと聴けていない時がありますが、こうしてVCDになるとしっかりと音楽と向き合えて、コンサートだけでは分らなかった彼らの魅力を再確認する事が出来ます(と同時に、ミスも結構発見してしまいますが)。 シーヂャンはいぶし銀の100%ラムシンを聴かせてくれていますし、ヌンは男から見ても改めてカッコイイと思わせてくれます。 そして一番の見所はやっぱりペンナパーですね。歌っている時はもちろん、シーヂャンやヌンの横で踊っている時も、その存在感は素晴らしいの一言です。 肝が据わっている所も彼女の良い所で、VCDには収録されていませんが、例えば突然マイクが使えなくなったりするようなハプニングがあっても全く慌てず、冷静に対処する姿からは大物の器を感じさせられます。 まだオリジナル曲はありませんが、出ればもしかするとプレーウプラーウのような人気者になるのでは、と期待したくなってしまいます。 変化の激しいラムシンの世界ですが、この3人の組み合わせは出来るだけ長く続いてくれる事を願ってやみません。

【雑誌】タイ歌謡が特集された1993年のミュージック・マガジン

以前から、タイ音楽に興味を持ったキッカケを聞かれた時には「雑誌「ミュージック・マガジン」で特集されたタイ音楽の記事を読んで」と答えていたのですが、その本はだいぶ前に処分してしまったので、それがいつのどういった特集だったか明確な記憶がありませんでした。 もう一度その記事を読み返したいと思いつつも情報が無くて、なかなか見つかりませんでしたが、ようやくその本を発見しました! その本はミュージック・マガジンの1993年5月号と6月号でした。 自分はてっきりプムプアンの生きていた頃(1992年6月以前)の記事だと思っていたのですが、それは自分の思い違いだった事がようやく判明しました。 しかし、自分がプムプアンを生前から知っていたことは確実なので、果してどのようにタイ音楽を知ったのか・・・?ますます分からなくなってしまいました(笑)。 それはさておき、この記事が掲載された時はまだ前川さんの本(まとわりつくタイの音楽)が発売される以前だったので、ノイズ1991年春号のコンサート・リポートと共に、当時のタイの音楽に関する情報としてはとても貴重なものでした。 20年も前の記事を読んだところで何になるのかと思われる方もいらっしゃるとは思いますが、今のルークトゥンとモーラムと比較してみることで、今のタイの音楽の理解がより深まる事もあると思います。 という訳で、簡単にここで書かれていることに関して触れてみたいと思います。 1993年5月号はコンサート・リポート この記事は「めくるめくタイ歌謡の世界」と題されて、2回に分けてミュージック・マガジンに掲載されたものです。 作者はタイ音楽のみならず、当時からアジア各国のポピュラー音楽を精力的に紹介されていた松村洋さん。アジア音楽に関する書籍も多数出版されています。 内容は5月号では、バンコクで観たルークトゥン・モーラムのコンサートの現地リポートになっています。 ◆めくるめくタイ歌謡の世界(上)「祭の夜空に響く歌声」(1993年5月号) ここではバンコクのペップリー・タットマイ通りにあるというワット・マイチョンロムというお寺で9日間に渡って行われたルークトゥン・モーラムのコンサート・リポートについて書かれています。 この時の出演歌手はプムプアン亡き後のトップ歌手として活躍していたスナーリー・ラーチャシーマーをはじめ、シリントラー・ニーヤーコーン、サーティット・トンチャイ、「ボー・ラック・シー・ダム」でブレイクしたシリポーン・アムパイポン、若き日のチンタラー・プーンラープ、プムプアンの後継者ユイ・ヤトゥユなどなど。 ただ、残念ながら松村氏の都合でシリントラーやサーティットのコンサートは取材できなかったようです。 実際に現地でルークトゥン・モーラムのコンサートを体験した事がある人がこの記事を読んだら、大体同じ感想を持つと思いますが、会場の雰囲気は今も20年前も基本的に変わっていませんね。 この時は入場料として50バーツを取られたそう。結構高いですね。今だったら100バーツくらいの感覚でしょうか。 貴重な若かりし頃のチンタラーとシリポーンのステージの様子 主に触れられている歌手はチンタラー、スナーリー、シリポーン。 チンタラーに関しては前川氏の本でも「いい年してステージでピョンピョン飛び跳ねている」とか書かれていましたが、ここでも「スキップなんかして・・・」とか書かれていてます(笑)。 しかもファッションがすごい。この時、彼女は22歳の誕生日直前だったそうですが、エッベオぶり(ぶりっこ)が良く分かる服装で、写真を見ると笑えます。 ◆このコンサートの時のチンタラーのファッション。 スナーリーに関しては安定したステージだったようで、さらりと触れているだけ。言い換えれば、目新しい部分が見つからなかった、とも言えます。前川氏いわく「工夫がない」。 シリポーンのステージは当時、彼女は自身の楽団を持って活動していたようなので、その完成されたクオリティーの高いステージに松村氏も感心しております。 ただ、シリポーンはもともと老け顔だったという事もあるでしょうが、「もう30歳を越えているのではないかと思われた」と書かれています。実際は当時は28歳でしたが。 それに「調子が悪かったのか(中略)、声が出ていなかった」とも書かれていますが、シリポーンは声をつぶしていますからね。あれが調子悪いとなると、今だに調子が良くないままになってしまいます(笑)。 ◆ステージでのシリポーン とは言え、さすが音楽ライター。洞察力が鋭いと思わせてくれる記述も沢山あります。 特に「寺祭りのショーは、私たちがふつうに考える“コンサート”ではないのだ。(中略)あらゆるものが乱反射し合って、きらめいている」という部分には膝を打ちました。 現地でコンサートを体験すると、いわゆるホール・コンサートに物足りなさを感じてしまうのは、こういう事が理由だったのだ、と。 ルークトゥン・モーラムを、ひいてはタイを知る上でもとても参考になるリポートだと言えます。 1993年6月号はアルバム紹介 そして、「めくるめくタイ歌謡の世界(下)」として6月号に掲載されているのは、当時のルークトゥン・モーラムのカセットを紹介する記事です。 ◆めくるめくタイ歌謡の世界(下)「ルークトゥンとモーラムのアルバムを一挙に紹介」(1993年6月号) ここではカムロン、スラポンなどのルークトゥンのオリジネーターからプムプアンはもちろんスナーリー、チンタラー、ユイ、バーンイェンなどの当時の人気歌手まで計24枚(本)のアルバムが取り上げられています。 この頃の特徴としてはガントゥルム(กันตรึม)が取り上げられていることでしょうか。松村氏はガントゥルムに特に注目していて、ガントゥルム・ロックの人気歌手ダーキーとも交流があったという理由もあると思いますが(ここでも、もちろんダーキーのアルバムが取り上げられています)。 CDはまだまだ絶対数が少なかった、あるいは高価だったということもありますが、この頃はまだまだタイ現地ではカセットが主流でした。 さらに今はCDに番号はもちろん発売年月日まで記載されていますが、この当時は発売日はおろか番号も記載されていないものがほとんどでした。この辺が後々、プロフィールやディスコグラフィーを調べる上で手こずる理由だったりします。 まぁ、この頃のテープなんて今はほとんど入手は出来ないし(ヤオワラートとかに行けばありそうですが・・・)、よっぽどの好き者以外は聴こうと思わないでしょうが・・・。 でも、中には興味を引かれるものもありますね。ここで取り上げられているイウなんて全然知らなかったし。 イウ(อิ๋ว)ことピムパヨーム・ルアンロート(พิมพ์โพยม เรืองโรจน์)は当時人気のあった歌手のようです。「プレーン・ワーン」というテープは当時のベストセラーだったとの事。これは多分、ルークトゥンの名曲カヴァー集だったのではないでしょうか。 それと「極悪ガントゥルム」というタイトルのポーンポット・ポンパックディー(พรพจน์ พลภักดี)のアルバムも聴いてみたいですね。ガントゥルムに関してはまだまだ知らないことが沢山ありますし。 ルークトゥンモーラムを知る上での貴重な資料 1993年と言えばバブルがはじけた後とはいえ、まだアジアの音楽が注目されていた時期でありました。しかし、雑誌なのでタイの音楽が特集されたのは自分が知る限りでは、ミュージック・マガジンのこの特集だけだったと思います。 しかも、20年経ってもその状況はほとんど進展していません。タイ音楽に関する単行本もこの20年で出版されたのはわずかに2冊のみ。 タイ音楽を聴く日本人のファンは確実に増えているかもしれませんが、環境は良くなったか、と聞かれると答えに困りますね。 でも、自分のようにブログなどを使って少しずつでも理解者を増やしていくしかないのかも知れませんね。 あと重要なのは、この頃はルークトゥン・モーラムを「タイの演歌」と表記していなかったという事ですね。ルークトゥンやモーラムに演歌を関連づけさせるのは比較的最近の事というのが、この頃の記事を読むと良く分かります。 今、この本を入手するのはかなり難しいと思いますが、たまに古本などで出てくることもありますので、見つけた際にはぜひ手にとって読んでみて下さい。 最後に松村氏がこの記事の最後に書かれている言葉は今でも充分通用する言葉だと思うので、それを拝借して、終わりにしたいと思います。 「タイの歌はまだ日本ではマイナーだけれど、タイ歌謡ファンの皆さん、明日を信じてがんばりましょう。」

【アルバム名盤選】ルークトゥンHiFi・・・絶妙なセンスで蘇る古き良きルークトゥン

ลูกทุ่งไฮไฟ (Hi-Fi Thai Country) 【พ.ศ.2552】 今のルークトゥンは1960~90年頃の全盛期に比べると、まったくの別物というほど変わってしまいました。 どの国のポピュラー音楽も時代によって様々な形に変化するのが常ですが、ルークトゥンに於いてはかつてタイ中部の歌手が中心だった頃と大きく様変わりしてしまい、モーラムをベースとしたイサーン勢に圧されっ放しです。 そんな現状に危惧したのか、古き良きルークトゥンを蘇らせようと計画されたのがこのアルバム「ルークトゥンHi-Fi」です。 2009年にリリースされたこのアルバム、タイトルのHi-Fiとは裏腹に、使用されている楽器はホーンセクションをはじめとした全てアコースティック楽器のみという、なんとも人を食ったコンセプト(多少のオーバーダビングやエフェクトは施されておりますが)。 リズム隊もベースとパーカッションが中心に構成されていて、まさに原初のルークトゥンを思わせるサウンドになっています。聴いていると1960年代の頃のルークトゥンをリアルタイムに聴いているような錯覚に陥ってしまいます。 回顧主義的ルークトゥンというのは他にも沢山有りますが、これほどまでに質の高いアルバムというのは、タイにもそうそうありません。 プロデューサーであるバン・スワンノーチン(บรรณ สุวรรณโณชิน)氏は、このアルバムがリリースされているインディー・レーベル「Baicha Song」のオーナーなんですが、元々はミュージシャンで、アルバムでもピアノ・パーカッションを担当している他、曲も全て彼の手によって作られています。何よりも、バン氏のユーモア感覚が全編に漂っているのが、このアルバムの大きな特徴と言えます。 収録曲は全12曲。タレントのマム・ジョクモック氏のナレーションから始まり、男女の歌手6名が各1~2曲担当するという構成で、最後にタイの伝統楽器クルイの独奏で締めくくるという、タイでは珍しいコンセプチュアルなアルバムになっています。 参加歌手は皆、素晴らしい歌を聞かせてくれていますが、中でも強い印象を残すのが、Tr.3とTr.10を担当しているオンスラーン・ウットヂャン(愛称:クック)です。 彼女はこのアルバムのレコーディング時は何と15歳でした。にも拘らず、情感豊かでピッチの正確な歌はまさに天才の一言。きっと将来はプロの歌手になるだろうと思っていましたが、残念ながらプロにはならず、現在はタイの空軍に所属していて、たまにアルバイト的に歌っているだけのようです。 しかし、今もその素晴らしい歌声は変わらず、何度か彼女の生歌を聴く機会がありましたが、本当に聞き惚れる歌を歌ってくれていました。 その他にもカラバオのパロディーが有ったり、蚊がテーマの曲では蚊の飛ぶSEが入っていたりと、お勉強臭くなく、最後まで楽しんで聴く事が出来ます。 リリースから時間が経っていますが、今も色褪せる事無い輝きを放っている傑作です。 ลูกทุ่งไฮไฟ 3D(Hi-Fi Thai Country Vol.2)【พ.ศ.2558】 なお、このアルバムには続編がありまして、2014年にリリースされました。タイトルは「ルークトゥンHi-Fi 3D(Hi-Fi Thai Country Vol.2)」。 2015年にリリースされたこの続編。Part2でしかも普通のCDなのに「3D」というネーミングがバン氏らしいセンスです。 コンセプトは前作と同じく、アコースティックで古き良きルークトゥン風サウンドを演奏するという事に変更はありませんが、参加歌手はタムラット・ゲーウマン(愛称:バード)とクックの二人に絞られています。 続編という事もあって若干テンションは低いものの、クオリティーの高さは変わりなく、素晴らしいアルバムになっています。Part1が気に入ったら、買っても損はありません。 正確に言うとバン氏はジャズ畑の人なので、言ってみればルークトゥン畑の「外側」の人なのですが、こういうアルバムが内側から出てくると、今イサーン勢に押されっぱなしの正統派ルークトゥンも復活の兆しがあるのではないか、とそんな予感もさせてくれる2枚の傑作です。

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