「 コンサート・リポート 」 一覧

【モーラム・スペシャル・ライブ】渋谷がイサーンになった歴史的一夜

まさに歴史的一夜になったと思う。2018年2月24日、渋谷WWWで開催されたモーラム・スペシャル・ライブ。 「爆音映画祭2018タイ・イサーン特集Vol.2」の一環で行われたこのコンサート。何が凄いって、タイから人間国宝が二人も来たからである。 【爆音映画祭】特集タイ|イサーンVol.2@WWW(東京・渋谷) 今回来日したチャウィーワン・ダムヌーン(ฉวีวรรณ ดำเนิน)とポー・チャラートノーイ・ソンスーム(ป.ฉลาดน้อย ส่งเสริม)は共にタイから人間国宝と認められたモーラム歌手。 お二人は昨年(2017年)5月に東京で開催されたタイ・フェスティバルにも出演していたが、その時はタイ各地の芸能を紹介する出し物の一部に出演しただけだったので、お二人の歌をタップリ聴きたいと思っていた我々にとっては、短い時間しか聴けずに消化不良だった。 ◆チャウィーワン・ダムヌーン、ポー・チャラートノーイ・ソンスーム@タイフェスティバル2017 しかし、その欲求不満を解消してくれた今回のこのイベント。タイでもこういう形で聴く事が出来る機会は少ないので、この場に居合わせる事が出来た人達は本当にラッキーだったと思う。 思えば、ちょっと前まではまさか本物のチャウィーワンさんとお会いできるとは考えてもいなかった。 3年ほど前に「Y/OUR MUSIC」というタイのインデペンデント音楽を取材したドキュメンタリー映画がタイで公開された事があったが、その映画の中でチラッと登場したチャウィーワンさんを見て、とてもお元気そうな姿を見る事が出来て、それだけでも本当に嬉しかったものだった。 ◆Y/OUR MUSIC Trailer また、ポー・チャラートノーイ先生はラムローンの名手で、本「まとわるつくタイの音楽」でも若かりし頃の姿を拝見していたし、CDでも先生のモーラムを聴いていたので、タイフェスティバルでお二人にお会いできたのは夢のようだった。 そんな思いもあって、この日の夜は日本でのタイ音楽の歴史に於いても重要な日になっただけでなく、自分にとっても忘れられない夜になった。 会場になったShibuya WWWはかつてシネマライズ渋谷という映画館だった場所。そこの座席を全部取り払って、ライブに対応できるよう作り直されたようだ。 自分がチケットを買ったのは発売されてしばらくしてからだったが、その時もまだ余裕で買う事ができたので、お節介ながらも客入りを心配していた。しかし、蓋を開けてみれば超満員の大盛況。内心、ちょっとホッとした。 ライブは予定時間を若干過ぎてからのスタート。まず登場したのはピン・プラユックを取り入れた日本で唯一のバンド、Monaural Mini Plug(モノラル・ミニ・プラグ)。 彼らのライブは昨年9月に新宿で観た事があったが、着実な成長がうかがえたステージだった。   しかも、途中ケーン奏者の牛田君を筆頭に、客席を練り歩くという演出も見せて、約30分ノンストップの演奏に観客も大いに盛り上がっていた。 もちろんまだ発展途上で改善すべき点はあるが、ピン・プラユックに目を付けたセンスといい、メンバーが20代中盤の若さという事を考えても、将来が楽しみなバンドである。 モノミニに続いて登場したのは、こちらは大ベテランのキーボード奏者、エマーソン北村さん。 北村さんは後期JAGATARAやMUTE BEATといった伝説的バンドで活動されてきたミュージシャン。 今回は「田舎はいいね」という映画「バンコク・ナイツ」で劇中歌に使われた曲のインストカヴァーをリリースした関連でこのイベントへの参加になったようだ。 演奏曲はその「田舎はいいね」を含めて、北村さんのソロアルバムからの曲を中心に演奏された。 リズムボックスのみをバックに片手でメロディーを弾きながら、もう片方でベースを弾き、さらにミキサーもいじるという離れ業は、さすがのベテランと思わされた。 しかし、オリジナル曲はタイとあまり関係ない為、正直、場違い感があり、客席も若干冷めてしまったのは否めなかった。もう少しタイにまつわる何かがあれば良かったのかも。 3番手で登場したのはスリ・ヤムヒ&ザ・バビロン・バンド。こちらも映画「バンコク・ナイツ」に楽曲を提供している関係での出演のよう。 かれらはその「バンコク・ナイツ」の映像をバックに演奏するスタイル。音楽性そのものはタイとは何の関係もないが、キャリアもあるだけになかなか聴かせる演奏だった。 さらに雰囲気が上手く映像とマッチしていたこともあって、観客を映画に引き込んでいたのはさすがである。 バビロン・バンドの後は、主催者からの挨拶をはさみ、いよいよこの日のメインであるチャウィーワン・ダムヌーンとポー・チャラートノーイ・ソンスームの登場である。 まずはサポートを務めるポンサポーン・ウパニによるピンの独奏からスタート。 ポンサポーン・ウパニさんはタイでは「オン・ケーン・キアオ(อ้นแคนเขียว)」という名前で活動している(チャウィーワンさんもそう紹介していた)。この名前は「緑のケーンのオン(オンはバンブーラットorルートラットというねずみの事で、彼のニックネームだと思われる)」という意味で、ウパニさんのトレードマークである緑のケーンを冠した名前である。 ピンの独奏の後は、ピンをそのトレードマークである緑のケーンに持ち替えて、ケーンの独奏。日本人はケーンがよっぽど好きなのか、これだけで大盛り上がりである。 そして、ようやく人間国宝の二人が歌い始める。 まず、チャウィーワンさんが感謝の念をこめたラムを歌い、続いてチャラートノーイ先生がそれを受け継ぐというスタイルで序盤は進行していった。 凄かったのは、二人の年齢を感じさせない声の力強さである。一節でその場の空気をガラリと変えてしまう力が、言葉の壁を越えて我々の耳にダイレクトに響いてきた。 さらにウパニさんの巧みなサポートもあり、3人だけの演奏でも会場は伝統音楽のコンサートとは思えない熱気に包まれていた。 しかし、この日の最大の見せ場はこの後であった。エマーソン北村さんとバビロン・バンドの面々が演奏に加わり、この日限りのスペシャル・セッションがスタート。 「私は年寄りだから応援してね」などとチャウィーワンさんが冗談まじりに言っていたが、いやいやどうして、バンドに負けじとこの日一番のパワフルな歌を聴かせてくれた。 伝統音楽の歌手が軽々とジャンルを飛び越えてしまう事に、我々日本人は驚かずにいられない。伝統と現代の融合が一向に上手くいかない日本の音楽界からしたら、なんとも羨ましい光景である。 ここで演奏されている曲「ラム・トゥーイ・チャウィーワン()」は、大ヒットコンピCD「The Sound of Siam Vol.1」にも収録されている。 日本のミュージシャンとタイの歌手とのスリリングな攻防は3曲ほど続き、大盛り上がりで一夜限りのスペシャル・ライブは幕を閉じた。 ・・・はずだったが、やはりこのまま帰るのは名残惜しいと、観客はアンコールを求めた。しかし、実はタイにはアンコールの習慣がない。 最近、ポップス・ロック系のコンサートではある時もあるのだが、ルークトゥン・モーラムのコンサートでは、通常、歌手が「さよなら~」と言ったらそこでお終いである。観客もそのまま素直に帰る(というか、終わりが近づいて来たら、コンサートが続いていても帰り始める)。 にもかかわらず、観客の要望に応えてくれて、特別に1曲歌ってくれた人間国宝の二人。この最後の1曲がもしかしたらこの日の最高の1曲だったかもしれない。 これだけ反応が良ければ、歌っている人達の気分も悪かろうはずはない。お二人も明らかに機嫌が良さそうに思えた。 チャウィーワンさんは最後に、このコンサートを企画してくれたSoi48の二人の名前を呼びながら「日本の二人の息子がここに来る機会を与えてくれました。私は74歳(チャラートノーイ先生は71歳)になりますが、このステージに立てて本当に幸せです。」という言葉で締めくくってくれた。 そして、この歴史的一夜を体験できた私たちも本当に幸せだった。こんなチャンスを作ってくれたSoi48の二人と主催のboidさんには感謝の念でいっぱいである。  

【コンサートリポート】タカテーンのモーラムに対する本気度やいかに?

先日(2018年2月2日)、久しぶりにタカテーン・チョンラダー(ตั๊กแตน ชลดา)のコンサートを観て来ました。 場所はラオスと国境を接するイサーンのノーンカーイ。バンコク近郊でも充分観られる彼女のコンサートを、なぜわざわざそんな所まで観に行ったかというと、別にタカテーン目当てで言った訳ではなく、モーラムのコンサートを観に行ったら、たまたま会場が近くだったので、行ってみようという事になりました。 タカテーンのコンサートは以前、頻繁に観ていました。ファンミーティングに参加したり、アルバム成功祈願にコラートまで行った事もありました。 しかし、自分の興味がモーラムに傾いていってからはほとんど観る機会が無くなってしまい、この日は1年半ぶりくらいだったと思います。 ただ、その間にタカテーンはペット・サハラットと結婚した事で、彼女もモーラムの方へ寄って来たのは、不思議な偶然でした。 そんな事で、機会があれば観たいと思っていた今のタカテーン。たまたま自分達がいた場所から近くで会えたのは運が良かったです。 ただ、久しぶりにステージで観る彼女には以前のような勢いは無く、どことなく迷いも感じたコンサートでした。 この日、10時頃のスタートだと読んでいた僕と友人は、少し早めの8時半頃、宿で借りた自転車で会場に向かいました。途中、この後行く予定のお寺に寄りつつ、9時頃に会場に到着。 とりあえずバックステージを確認すると、既にタカテーンが車の中でスタンバっていました。 前日のボーイ・パノムプライの時は会場の入りがいまいちでしたが、タカテーンはさすがにネームヴァリューもあって、結構な人が入っていました。 まだコンサートが始まるまでは時間があるだろうと、我々は屋台で買い物をして、のんびりテーブルでご飯を食べていると、予想よりも30分も早くコンサートが開始。慌ててステージ前へ向かいました。 最近はバンドも組んでいるタカテーンでしたので、この日もバンドを連れて来るかと思っていたのですが、残念ながらバンドは来ていなくて、4人のダンサーを連れてきていただけで、音はカラオケでした。 全身黒ずくめで登場したタカテーン。コンサートのスタートはラムシン路線の最初の曲となった「ガイ・ゴーン(ไหง่ง่อง)」からでした。 さすが本家!という歌を期待していたのですが、どこか心がこもっていない歌に拍子抜け。これだったら、モーラム楽団でカヴァーしている人達のほうが全然マシです。 その後も新曲を中心にタカテーンの代表曲も含めて歌が続きましたが、絶好調だった頃の彼女を知っている身としては、とても調子が良いと思える歌ではありませんでした。 その理由は歌い方が雑というか、丁寧に歌っていないのが素人にも一目瞭然。抜群の歌唱力を持っているタカテーンですが、それを活かす歌を歌っていない事は明らかでした。 ペット・サハラットという音楽的にも最良のパートナーを得たにも関わらず、それがいまいち良い方向に行っていないようです。 そんなステージでしたので、30分も観ていたら飽きてきてしまい、早めに本来の目的のモーラム・コンサートに行こうかと考えていた所で、ちょっと面白い展開がありました。 今までのタカテーンだったら歌わなかったであろうラムシンの定番曲を歌ったのです。 業界最大手であるグラミーの、その中でもトップの歌手である彼女ですので、自分の持ち歌だけでも充分時間を持たせる事ができるのですが、そこをあえて他人の曲を歌うというチャレンジ精神は、幻滅しかけたこの歌手に若干の期待を持たせてくれました。 この時歌ったラムシン定番曲は4曲。「プアプルーレーウ・ヂューガン(ผัวเผลอแล้วเจอกัน)」、「チョムロムコン・プアプルー(ชมรมคนผัวเผลอ)」、「プア・パイ(ผัวไผ)」、「タオ・ンゴーイ(เต่างอย)」という、タイトルだけではピント来ないかもしれませんが、聴けばすぐに分るであろう、モーラムコンサートでは頻繁に耳にする曲です。 ◆ตั๊กแตน ชลดา(タカテーン・チョンラダー)/เมดเลย์ลำซิ่ง(ラムシン・メドレー) 他人の曲というだけでなく、他の会社の曲という意味でも意外だったこの選曲。 しかし、タカテーンはやはりルークトゥンの人であって、付け焼刃でラムシンを歌っても、表面的になぞる事はできても、「ラムシンらしさ」を表現するのは歌が上手い彼女でもそう簡単に出来る事ではなかったようです。 どこか空々しさを感じさせるタカテーンの歌を聴いていると、やはり彼女にはモーラムは向いていないのかな、と思わざるを得ませんでした。コラート出身なので、決してモーラムとは無縁ではないはずなのですが・・・。 それまでどこか迷っている感じがしていたタカテーンが、ペット・サハラットとの出会ったことで面白い展開を期待していたのですが、どうもそれが上手く実を結んでいないようです。 歌唱力だけでなく、ジャンルの違う歌手ともコラボレーションできる高いポテンシャルを持っているタカテーン。 一時代を築いた彼女ですが、そこに安住することなく、どんどん新しい事にチャレンジして、良い意味で我々を裏切ってくれる展開を期待したいものです。

【秋のモーラム・ツアー2017】Part7:新たなカリスマの誕生を見た夜

衝撃的だったチェンカーン2日目の夜 10月5日は前日に引き続きチェンカーンに滞在。 前日の様子はこちら⇒ 【秋のモーラム・ツアー2017】Part6:ラムヤイを追って再びイサーンへ もちろんコンサートを観るためですが、昼間は時間があったので、ゲストハウスの自転車を借りてチェンカーンの街を散策してみました。 チェンカーンは今タイ人に大人気の観光スポットで、メコン川沿いに有り、ゆったりした時間が流れている場所なのですが、それほど大きくないので1日2日あれば観光する充分です。この時も2,3時間で近場を周っただけで観光終了。この辺に関してはまったくセンスがない自分です(笑)。 夜のコンサートは前日のラムヤイの時と同じ場所で、2人の人気インディー歌手が出演する事になっていました。 1人は「プーサオ・キーラオ(ผู้สาวขี้เหล้า)」という曲が大ヒットしているメー・ヂラーポン(เมย์ จิราพร)。もう1人は、こちらも新曲「ターン・マー・ヤー・フア・サーガン(ทานหมาอย่าหัวซากัน)」が大人気のネスカフェ・シーナコン(เนสกาแฟ ศรีนคร)です。ネスは以前ラムヤイやアームと一緒にコンサートを周っていた時に何度も会っていたので、久しぶりの再会になります。 ただ、この時はまだネスのコンサートが予想だにしない状況になるとは、微塵も思っていませんでした。 メー・ヂラーポンの歌唱力は上がったか? メー・ヂラーポンと会うのも初めてという訳ではなく、2017年1月にヤソートンでアーム、ネス、メー3人のコンサートがあった時に観に行ったので、その時に会った事がありました。 当時、彼女の最初の曲「プーサオ・ガオ(ผู้สาวเก่า)」が結構ヒットしていたのですが、なかなかバンコクに来てくれなかったので、コンケーンでモーラム・フェスティバルを観た後、時間を作ってヤソートンへ観に行ったという訳です。 しかし、この時メーには悪い意味で裏切られました。お世辞にも歌が上手いとは言えないほどの歌唱力だったんです。自分は必ずしも「歌が上手くなければダメ」とは思ったりはしないのですが、彼女の場合はさすがに聴くに耐えられるレベルではありませんでした。 仮に歌以外の事(例えばトークが上手いとか)でマイナス面を補えたりすれば、また印象も違っていたのでしょうが、それも無く、非常にガッカリしたのを今でも鮮明に覚えています。 ◆その時の証拠動画 しかし、それから9ヶ月が経ち、きっとその辺も変わっているのではないか、と期待半分不安半分で彼女の登場を待ちました。 で、結論から言うと、メーの歌唱力は「若干」は上達していたようでした。 ただそれはアップテンポの曲に限っていえる事で、リズムの強い曲だと多少のごまかす事がききますから、そんなに気にならないというのが本音です。 それが、スローの曲になると途端に音程がガタガタになってしまうという(しかも自分の持ち歌であるプーサオ・ガオが一番ダメって、どういうこと?w)。残念ながら手放しで絶賛できるほどには上手くはなっていなかった、というのが正直な所です。 ネスのカリスマ的人気を垣間見た瞬間 メーのコンサートはさすがに曲がヒットしているという事もあり、そこそこ盛り上がりましたが、自分にとっての本番はこの後です。 この旅でどうしてもネスのコンサートが観たかった理由は、新曲が好調という事もありますが、どうも彼女を取り巻く環境が大きく変わっているのではないかという胸騒ぎがしたからです。 メーの出番が終わりかけた頃、舞台裏に行くと既にネスがスタンバイをしていました。2ショット写真を撮ってもらいつつ、「どうやって来たの?」などとお決まりの会話をした後、ステージ前にもどり彼女の登場を待ちました。 すると、ネスの出番が近づくにつれ、どんどん増えだす警備員。最終的には20人近くが舞台前にズラッと並びました。 写真では半分しか撮れていませんけど、こんな感じでステージ前の端から端まで警備員が仁王立ちするという状況。女性歌手のコンサートでこんな光景は見たことありませんでした。 この時は何故こんな事になっているのか把握できませんでしたが、思えば客層が前日のラムヤイの時とはだいぶ違っている感じはしていました。 そしてバックバンドの演奏がはじまり、いよいよネス本人が登場する段階になると、湧き上がる客席。中には絶叫する声も聞こえてきます。 そもそもネスは以前から熱狂的なファンを持っていました。その時から他の女性歌手とは違うキャラクターであろう事はうすうす感じていたのですが、新曲のヒットでそれがさらに拡大したようです。 ネスの場合、単なる流行歌手というのとは違い、言動やライフスタイルが同世代から圧倒的に支持されていて、それはカラバオやポンシット・カムピーのような、プア・チーウィット歌手にファンが心酔するのに近いと思ってくれれば分りやすいのではないでしょうか。 インディーブームで自作自演する女性歌手は増えていますが、その中でもネスは特異な存在と言えます。 そんなコアなファンが集まったこの日の会場。何も起こらない方が不思議な空気が充満していました。そして案の定2曲目の終わり頃からざわつき始める客席。ただ、ネスも慣れている様で、落ち着いて状況を確認して「もう少し冷静になってもらう事できますか?」と観客をなだめていました。 これをキッカケに客席に散って行く警備員たち。舞台上からはトランシーバーを持ったリーダーが終始にらみをきかせている光景は、かなりスリリングでした。 結局、コンサート中いざこざは3回ほど起こったようです。 そして終わり間際にも、再度ネスの人気のすさまじさを実感させられた事がありました。終了と同時にネスとの写真を撮ってもらおうと、ファンが一気に舞台裏になだれ込んで行ったのです。その数は前日のラムヤイの比ではありませんでした。 ネスもファン対応は非常に丁寧なのですが、とにかく数が凄いので一体これ何時終わるんだろうか?という状況でした。結局、最後のファンまでなんだかんだで1時間近くかかったでしょうか。 別れ際「またね~」と挨拶をして、翌日のコンサートがある場所へと向かっていったネス一行。 イサーンの最前線を目の当たりにした、衝撃的な夜でした。

【秋のモーラム・ツアー2017】Part6:ラムヤイを追って再びイサーンへ

コンケーンでラムヤイと再会 バンコクでの所用を終えた後は、再びイサーンに戻ってモーラム・ツアー後半戦のスタートです。 まずはイサーン3大都市のひとつコンケーンへ。ここに来るのは1月にモーラム・フェスティバルを観に来て以来です。 10月2日深夜にバスでバンコクを出発し、コンケーンに到着したのは10月3日の朝5時でした。 なぜコンケーンに来たかというと、このモーラム・ツアーでもっとも重要なイベントがあったからです。 それは、ラムヤイが主演を務める映画「プーサオ・カーロッ」の成功祈願式、そしてその日は彼女の誕生日でもありました。 思えばラムヤイと出会ったのは、彼女が17歳になったばかりの2015年10月18日でしたから、それから2年目になる節目の日でもありました。 ラムヤイに会うまでは、ルークトゥンモーラムは好きでも、「一番好きな歌手は誰?」と聞かれた時に即答できない自分が恥ずかしくありました。 しかし、それも彼女と出会った事で、今は「一番好きな歌手はラムヤイ」だとはっきり言えるようになったので、そういう意味でもラムヤイは自分にとって重要な歌手なのです。 インディー・スター大集合! 朝9時から始まった映画の成功祈願式は、さすが旬の歌手が出演する映画とあって、多くのメディアが取材に来ていました。 さらに競演陣には、アーム・チュティマーやラムヤイのバックバンドを務めているPeepoのヴォーカリスト・ネームをはじめ、ゲームサイ・ハイトーンカムやバンド・チューイサーなど、ラムヤイと同じ事務所ハイトーンカム所属の歌手達が勢ぞろいしていました。 また、会場にはモーラムの女王バーンイェン・ラーケーンの娘キャンディーも姿を見せていましたし、この場にはいませんでしたが、ラムヤイと同郷の歌手ダーウ・チャリターの出演も決まったようで、インディー好きにはたまらない錚々たるメンバーが総出演するようです。 ◆映画「プーサオ・カーロッ」予告編 成功祈願式は9時頃から始まり、出演者・スタッフも参加して1時間ほどでつつがなく終わりました。 その後、写真撮影をしたり歓談したりで、11時頃にダラダラと解散。 僕はこの旅の重要な目的である誕生日プレゼントをラムヤイに渡し、無事ミッション完了。ただ、これだけではせっかくイサーンまで来たのに彼女の歌を聴けないままになってしまうので、翌日ルーイ県のチェンカーンであるコンサートで再会を約束し、別れました。 ラムヤイはこの後、タイ南部のナコンシータマラートでコンサートがあるとの事で、その足でコンケーンの空港へと向かいました。一日でイサーン⇒南部、そしてまた翌日はイサーンと、無茶苦茶なスケジュールでつくづく彼女の身体が心配です。 タイ人に人気の観光スポット、チェンカーンへ 翌日10月4日は約束どおりルーイ県チェンカーンへ。 当初、ここへ行く予定は無かったのですが、コンケーンから近かった事とラムヤイのコンサートがあることはもちろん、その次の日はメー・ヂラーポンとネスカフェーという結構良いラインナップだったので、行く事にしました。 後で調べていて分ったのですが、このチェンカーンという所はタイ人に人気の観光スポットだったんですね。僕が行っている時も知り合いのタイ人が何人か来ていましたし、ネットでもここの話題がかなりあがっていました。 しかも今回はタイミングが良く、僕がちょうど訪れた時にオークパンサー(雨安居明け)のイベントが行われていて、以前から観たかったグローン・ヤーウ(กลองยาว)の演奏も観る事ができました。 グローン・ヤーウというのは、読んで字のごとく長い太鼓の事で、これを20人くらいで演奏しながら練り歩きます。これがなかなかの迫力で、華やかなダンサーも含めて見応えがありました。 衰えないプーサオ・カーロッ人気 オークパンサーイベントが終わった後は一旦宿に戻り、小休止した後、ゲストハウスで字電車を借りてコンサート会場を目指しました。 9時頃到着すると会場ではこの日のバックを務めるチューイサーが既に演奏をしていて、客席を温めてくれていました。 ラムヤイは10時ちょっと前に会場に到着。前日が誕生日だった事もあり、ファンから誕生日プレゼントをもらったりしていました。 彼女のライブを観るのは7月以来だったのですが、心配事がひとつ。それは、喉の調子です。 かなり激務が続いていて、7月の時も酷かったのですが、その後ついに声が出なくなった時があったようで、たまたま知り合いがバンコクでのラムヤイのライブに行った時には本人が歌わずに代役に歌わせていたらしいです。 前日にコンケーンで会った時も喋り声がガサガサだったので、歌えるのか気になっていました。 ただ、結論から言うとその辺は心配無用だったようで、喉の調子はだいぶ戻ってきていたようです。 一時期は高音がまったく出ず、裏声でごまかしていたりしてましたが、そういう事も無くなり、完全復活とまではいかないまでも、かなり良くなっていて、安心しました。 この日は特に楽しみにしていた、リリースされたばかりのセーク・ローソーとのコラボ曲も聴く事ができましたし、最後までテンションの高いパフォーマンスを見せてくれて、飽きるほどラムヤイのコンサートを観てきている身としても大満足の夜でした。 ラムヤイがここまで人気ある理由は、単に曲が売れているからというだけではなく、2時間近くのコンサートをダレることなく組み立てられる実力があるから、という事をこのコンサートを観て改めて実感しました。 ヒット曲を出した歌手はこれまでも沢山いますが、2時間どころか1時間の舞台すら持たすことが出来ない歌手も多く、そういう歌手は大抵オファーが続かなくなり、しだいに世間から忘れられていってしまいます。 その点ラムヤイは無名時代から場数をこなして、現場というもの分っていて、確実にお客を盛り上げる術を熟知いるので、こうして引き手数多の状態が続いているんだという事を確認させられた夜でした。多分、曲の人気が落ち着いた後もこの状態はしばらく続くでしょうね。 別れ際、新築したローイエットの実家に来ないかと誘われたのですが、今回はタイミング合わず、残念ながら行く事が出来ませんでした。でも、いずれは実現したいですね。

【秋のモーラム・ツアー2017】Part5:バンコクでモーラム・ライブ2連発

Air Asiaディレイで予定が大狂い イサーンを中心に周っていたモーラム・ツアーですが、行程の半分を終了した所で一旦バンコクに戻って来ました。色々野暮用が有ったという事もありますが、もちろんコンサートも観に行きましたよ。 前日、モーラム・ヂャイグンローイのコンサートを観たマハーサーラカームからは、ローイエット経由で飛行機でバンコクへ。 いつもだったらバスでのんびり移動する所なのですが、夕方にホワイクワンでラムヤイのコンサートがあったので、それに間に合わせる為にこの時はAir Asiaを利用しての空路にしたのですが・・・。 これが大誤算で、予定通りに離陸はしたものの、途中でなぜかラヨーンに緊急着陸して、結局ドンムアンに着いたのは予定の2時間遅れ。急いでホワイクワンに向かったもののコンサートには間に合わず、ラムヤイに会うことは出来ませんでした。 気を取り直してモーラム・コンサートへ という訳で、ガッツリ落ち込んでしまったのですが、この日(9月30日)のバンコク周辺はコンサートが目白押し。行こうと思えばどこへでも行ける状態でした。 タイ人友達からはサゲーガムのブアパン&ボーム、ソットにおいでよ、という誘いもあったのですが、今回はモーラム・ツアーというテーマを重視して、最初に考えていたラッタナシン・インタータイラート(รัตนศิลป์ อินตาไทยราษฏร์)を観にミンブリーのタイワッサドゥ前へと向かいました。 9時頃会場に到着すると、ちょうど本編が始まる所でした。お客は7分の入りといった所でしょうか。ただ、時間が早かったという事もあったので、時間が経つにつれて増えていき、10時頃にはほぼ満員になっていました。 ラッタナシンは自分にとって、まだモーラム楽団の事を良く知らない時から観ていた楽団で、それなりに思い入れのあった楽団です。しかし、今回冷静にステージを観て、ちょっとイメージが変わりました。 他のモーラム楽団を沢山観てきて、目が肥えてきたというのもありますが、ラッタナシンは良く言えば昔ながらの、悪く言えば古臭い感じのステージをやる楽団なんだな、というのが改めてじっくり観て思った感想です。 とびきり上手い歌手がいるわけでもなく、ダンサーなどもビジュアル的に普通。選曲もどことなく古臭くて、全体的なセンスがいまいちという感じがしました。 もちろんそこが良いという人もいるでしょうが(熱心なタイ人ファンは結構いる)、僕にはあまり面白く思えなかったというのが正直な気持ちです。 普段コンサートに行った時はだいたい終わり間際まで観るのですが、この日はそんなちょっとガッカリした事もあり、連日の疲れも溜まったいたので、珍しく11時頃に退散してしまいました。 No.1モーラム楽団の実力 翌10月1日はラビアップ・ワータシン(ระเบียบ วาทะศิลป์)のコンサートを観に、バンナー・トラート通りの家具センターINDEXの前にあるタラート・サハニヨム(ตลาดสหนิยม)へ。BTSウドムスック駅からもそう遠くない場所なのですが(でも、歩いて行くのは無理です)、ここのでやるコンサートに来るのは初めてです。 前日のラッタナシンが自分にとってはいまいちだった事もあって、若干テンションが低かったのですが、なんせラビアップはイサーンガイドが選んだ2016-2017のベスト・モーラム楽団でNo.1になった楽団ですから、その辺を特と確かめさせていただきました。 この日は最初から最後までじっくり観たいと思い、いつもより早めの8時前に会場に到着。しかし、案の定まだ設営の途中でした(笑)。 タラート・サハニヨムはもともと何かの建物があった場所を取り壊して、そこを利用した市場のようです。下がコンクリートになっているので、雨が降っても足元がぐちゃぐちゃになりませんから、いざという時でも安心です。 ラビアップのコンサートはこれまで何回も観てきているのですが、No.1に選ばれたとなれば、やはり見方も変わりますよね。 で、その実力のほどなのですが(偉そうですいません^^;)、やはり勢いのある楽団は違いますね。最新の流行を敏感に察知して、それを取り入れつつもモーラムの基本は崩さないという、見事なステージの組み立て方はNo.1に違わない素晴らしいものでした。 そして、観客の心を一度掴んだら捉えて離さないクオリティーの高い歌と演奏は見事の一言です。自分も時間を忘れてステージに魅入ってしまいました。 あっという間に満員になった会場は、当然大盛り上がり。5時間近く続いたコンサートは途中で帰る人も少なく、最後まで盛り上がりっぱなしでした。 前日のラッタナシンではモヤモヤしたものが残ってしまいましたが、この日は大満足で帰路につくことが出来ました。 ただ、ラッタナシンは流行を追いすぎる部分があると思うんですよね。特にK-POPを意識した演出はタイ人にはウケがよいのかも知れませんが、あまり過度になってしまうのは個人的にはどうかなという思いはあります(日本人的視点ではありますが)。 とは言え、さすが実力がある楽団。トップの座はしばらくは揺るがないだろうと実感した夜でした。

【雑誌】現場のリアルな空気が伝わる1990年代のコンサート・リポート

かつてミュージック・マガジン社から発行されていた、故中村とうよう氏がワールド・ミュージックを取り上げるために作った季刊誌「NOISE」。 その9号(1991年春号)にモーラム・コンサートのリポートが掲載されていました。 記事のタイトルは「タイの大衆歌謡 ルーク・トゥンを追って―ピンパー・ポーンシーリー・コンサート現地リポート」というもので、記事を書いたのはジャーナリスト、ジョン・クルーリー(John Clewley)という人です。 この頃は既に前川健一氏がルークトゥンの取材をされていたので、日本で初めてルークトゥンが取り上げられた記事とは言い切れませんが、タイ音楽が日本の雑誌で取り上げられた最初期のものである事には間違いありません。 この本が発売された当時、自分はまだタイの音楽が特に好きだった訳ではなく、タイという国にもおぼろげなイメージしかなかったんですが、このリポートにはどこか興味を引かれて、繰り返し読んでいました。 発表から20年以上が経過したこの記事ですが、読み返してみると様々な発見がありましたので、その内容を簡単に紹介したいと思います。 記事は全部で10ページに渡り、カラー写真もふんだんに使われていて、文章の素晴しさもあいまって臨場感たっぷりのリポートになっています。 ここではトンブリーにあるワット・バーンケーンで行われたピムパー・ポーンシリ(พิมพา พรศิริ)のコンサートをリポートしています。 今も現役で活躍しているピムパーですが、当時人気絶頂でして、彼女の楽団は総勢133人のスタッフと9台のトラックを有していた、と書かれています。 そしてコンサートやバックステージでのスタッフと踊り子たちとの様子を、非常に緻密に、時には演目の解説を交えながらリポートしてくれています。 中でも熱気溢れる客席の様子や、珍しい客を見つけるといじるコメディアンとのやり取りなど、臨場感溢れる描写が、今読んでもその現場にいるような感覚にさせてくれて素晴らしいです。 実際に現地でのルークトゥンコンサートを経験した後にこのリポートを読んでみると、形態や会場の様子の多少の変化はあれ、全体的なスタイルは基本的に変わっていない部分が多い事が良く分かります。 なお、ピムパーが1986年に出したヒット曲「サウジの妻の涙」のタイ語タイトルを、文中では「ナム・ター・ミア・スット」と表記していますが、正しくは「ナームター・ミア・サーウッ(น้ำตาเมียซาอุ)」です。 そして、全10ページの内、コンサート・リポートは半分で、残りはルークトゥンやモーラムの歴史、当時の現状、関係者の証言などにページを割かれています。 ただ、一部の記述は後に書かれた大内治氏の本「タイ・演歌の王国」と若干違っている部分もあり、この辺りは検証が必要です。 しかし、ベテラン・ラジオDJのヂェーンポップ氏の発言や、カントリー、ラテン音楽がルークトゥンに与えた影響、モーラムの変化の過程などは、このジャンルに興味があるものにとっては非常に重要で、資料としても貴重です。 そして、既にお気づきの方もいらっしゃると思いますが、この頃はまだプムプアン・ドゥアンヂャンが存命の頃でした。 今は神格化され、彼女の音楽を冷静に判断する人は少なくなっていますが、リアルタイムにプムプアンの歌に触れていたクルーリー氏は、晩年の彼女の歌を「サーコン(ポップス)寄りになって、その(歌の)力をほとんど失ってしまっていて残念」と書いているのも興味深い所です。 しかし、自分が思うにプムプアンの歌が力を失ったのは、ポップスよりになったからというよりも、当時の激務が祟って体調を崩してしまっていた事が大きな要因だったのではないでしょうか。ただ、それも最悪の結果になってしまったから言える事でもあるのですが・・・。 あと、この記事はクルーリー氏が英語で記述したものを編集部が翻訳したものである可能性が考えられ、タイ語の表記、特に人物名やジャンル名などが実際のタイ語とは違うものになってしまっているのが残念です(先のピムパーの名前もそうで、この雑誌の記事中では「ピンパー・ポーンシーリー」と表記されていますが、よりタイ語に近い表記にすると「ピムパー・ポーンシリ」になります)。 例えば、「カムロン・サンブンナーノン」が「カムロット・サンブーンナノン」になっていたり、「スラポン・ソムバッチャルーン」が「スラポン・ソンバッジャラーム」になっていたり、と。ただ、人物名は一部が分かれば何となく追い込めるのですが、一般的な単語だとかなり難しくなってしまいます。 記事中に「ガーン・トゥリアム・ルーク・トゥン」という表記があるのですが、最初、これが何のことだか分からなかったのですが、しばらく考えて、ようやく「カントゥルム(กันตรึม)」を意味している事が分かりました。 英語から起こすとタイ語の原音に近い表記というのは難しくなってしまいますので、その辺はいた仕方ありません。そんなマイナス面を鑑みても、このリポートはタイの音楽を知る上では非常に貴重な資料である事は変わりありません。 最後にこの記事の中のクルーリー氏が書いている文章で、特に感銘を受けた言葉を挙げておきたいと思います。 「タイのポピュラー音楽は、まだ我々が知らないアジアのポピュラー音楽の中でも、もっともすばらしいもののひとつだと思っている。外からの影響が文化と音楽の中に消化され、明らかにタイ的なものに変化する。(中略)ルークトゥンもさまざまなソースから取り入れ、ユニークなものを作り出していくのだ。」 タイ音楽の魅力を的確に表現していて、素晴らしい言葉だと思います。 今はブログというものがあり、写真と動画を貼り付ければ稚拙な文章でも、なんとなくリポートらしいものが出来上がってしまいますが、そういったものは大体1回は読めてもそれ以上繰り返し読む気にならないものです。 時間が経ってもそのコンサートの素晴しさ、現場での空気感を的確に伝えてくれるのは、音楽に対する愛情とそれを捉え伝える事の出来るセンスなのだという事を、この記事を読み返して実感させられました。

【秋のモーラム・ツアー2017】Part2:シラピン・プータイ@ガーラシン

はるばるイサーンの奥地へ モーラムツアー2日目の9月27日は、まだ始まったばかりというのにいきなりメインイベント的な濃い1日となりました。 この日の目的は、ガーラシンのカムムアンにある楽団宿舎前で行われる、シラピン・プータイの楽団開きコンサートを観に行く事。 本当は前日に深夜バスでガーラシン入りしようと計画していたのですが、直前に26日にバンコクでプラトム・バントゥンシンのコンサートがあるという情報が入ったので、一旦バンコクに宿泊して、次の日にガーラシン入りするという予定に変更しました。 私にはタイ国内の移動は出来るかぎりバスを使うというポリシーを持っているのですが、今回は時間的に間に合わないので、やむなく飛行機を使う事になりました。 ローイエット経由でガーラシンに向かう ガーラシンには空港はないので近隣の空港がある県を経由してガーラシンに入るという方法になります。そうなるとコンケーンかローイエットのどちらかになるのですが、今回はローイエットを選択。しかし、これが大失敗でした。 その理由は、ローイエットの空港は中心部から結構距離のある場所にあるという事と、空港から中心部へ行く方法がタクシーかモーターサイ(バイクタクシー)しかないという事です。 空港から近い場所へ行くならモーターサイでも良いのですが、自分の場合はバスターミナルへ行かなくてはならないので、そうなるとタクシー択一になってしまいます。しかも、空港からバスターミナルまでは300バーツもかかりました。 今回は飛行機を利用してガーラシンに向かうのは初めてという事もあってローイエット経由にしましたが、次回以降はコンケーン経由で行く方が良さそうです。 さらにロットゥーに乗り換えてコンサート会場を目指す ローイエットのバスターミナルからバスに乗ってガーラシンに到着したのは午後3時頃でした。しかし、目的のコンサートが行われるカムムアンは、ここからさらにロットゥー(乗り合いバン)で1時間半行った先にあります。 30分ほど待ってやって来たロットゥーは既に満員。プラスティックの椅子で無理やり場所を作ってカムムアンへと向かいました。 車内にはおしゃべりなオバチャンがいて、「何しにカムムアンに行くんだ?モーラムを見に?ヒャーヒャヒャ」というお決まりのリアクションがあったりで、午後5時頃ようやくシラピン・プータイの宿舎前に到着。会場では舞台設営の真っ最中でした。 予想通り周りには大したものがほとんど無い場所。しかし、地元の人達にとっては待ちに待ったお祭りとあって、宿舎周辺に沢山の屋台が出ておりました。 とりあえず今回カムムアンに来る事で宿の手配をしてくれたシラピン・プータイの歌手プローイに挨拶。プローイには事前にこのコンサートに行く事を伝えた所、「泊まる所はどうするの?決まっていないんだったら、私がしておいてあげる」と、予約をしてくれたのでした。 そもそも、そんな辺鄙な所に宿があるのか疑問に思う方もいらっしゃるかもしれませんが、ホテルはさすがに無いものの、モーテル(タイではリゾートと言われています)は所々にあるので、そこに泊まる事はできます。 プローイに挨拶した後、バンコクから来ていたモーラム・ファンの車に乗せてもらい、宿にチェックインし、一休みした後、9時過ぎに改めてコンサート会場であるシラピン・プータイ宿舎前に来ました。 舞台前には今か今かと待ちわびる人たちと、この日を楽しみにしていた村の人たちがわんさとやって来ていました。 コンサート開始まで舞台裏見学 バンコクでモーラム・コンサートが行われる場合は午後8時前後からスタートしているのが普通ですが、この日は9時に到着した時点でまだ始まっていませんでした。 コンサートが始まるまで少し時間がありそうだったので、お気に入りの歌手に挨拶がてら舞台裏をちょっと見学。 そこには舞台衣装が至る所にあり、さすが拠点でのコンサートとあって、ツアーの時より豪華なステージになるのでは、と予感させるものでした。 そうこうしている内に観客もどんどん増え、10時近くになった頃、いよいよ新シーズンのオープニングコンサートが開始されました。 モーラム最高峰の豪華ステージが開幕 長い間楽しみにしていた、このコンサート。それはお気に入りの楽団という事もありますし、自分にとってはイサーンで観る初めての楽団開きという事もありました。 やはりどの楽団にとっても、この新シーズンの1発目というのは色々な意味で特に重要なコンサートのようです。 その気迫が始まった瞬間から伝わってくる、観客を圧倒するサウンドとヴィジュアル。前シーズンの時も感じていましたが、やはりこのシラピン・プータイは数あるモーラム楽団の中でも最高のクオリティーを誇っている楽団である、とオープニングから改めて実感させられました。 高いテクニックを持ったバンドとダンサー、壮大な舞台セット、豪華な照明、そして何よりも充実した歌手たち。主宰者であるウィーラポン・ウォンシン師の美意識が見事に反映された素晴らしいステージに見惚れました。 ただ、気合が入りすぎて、ちょっと力んでいる歌手が何人かいたりしました。でも、その辺は愛嬌もありますし、ステージをこなしていけば自然と解消されていくでしょう。 これはマニアックな情報ですが、今季からヌーパーン・ウィセートシン(หนูภารวิเศษศิลป์)にいたプレーワー・ガーラシン(แพรวา กาฬสินธุ์)がシラピン・プータイに移籍してきています。ヌーパーンでは看板歌手だったプレーワー。この楽団でも活躍してくれる事を期待しています。 あと意外だったのが、観客がいまいち盛り上がっていないことでした。 観に来ている人たちは楽団の拠点が地元の人たちですから、さぞや楽しみにしていたでしょうし、実際早くからゴザをひいて場所を確保していた訳ですから、その期待感はよそ者の自分にも充分伝わってきていました。 しかし、いざコンサートが始まっても後ろの方で少し踊っている人がいるくらいで、ほとんどの人たちは座ってじっと見ているだけでした。こんなものなのかな、とちょっと拍子抜けしてしまいましたね。 でも、それは自分が本場イサーンのモーラムを知らないから、という事をこの後思い知らされるのでした。 イサーンで盛り上がるのは夜中1時過ぎ! 充実したステージに夢中になり、気がつけば12時を過ぎていました。バンコクなどの都市部では大体1時頃までにコンサートが終わるのですが、ここイサーンではその時間になっても全く終わりそうな気配がありません。 SNSに投稿されているコンサートで撮った写真を見たりすると、どうも明け方に歌っているような写真がちらほらあったので、もしかしたら朝までやるのかなという予感はありました。 実はその辺を期待しての今回のイサーン訪問でもあったのですが、予想通りコンサートは深い時間になってもまだまだ続いておりました。 それどころか、それまで大人しかったお客さんが1時を過ぎた頃から続々と踊り始め、夜中の2~3時頃がピークと言えるほどの盛り上がりでした。これは、この後観に行ったモーラム・ヂャイグンローイやシアン・イサーンでも同じでしたから、イサーンでは夜中が一番盛り上がる時間帯なんでしょうね。 中にはお年寄りや子供もいたりしますし、寝ている人もいるのですが、その辺はもう自由。モーラムはどんな楽しみ方をしても良いんです。 ちなみに1時以降はお芝居と歌が交互に繰り返され、それが明け方まで続きます。こういうタイムレスな感覚は今はイサーンでしか味わえませんね。 明け方にこそモーラム・コンサートの醍醐味が凝縮されている 永遠に続くのではないかと錯覚しそうな時間はまだまだ終わりそうな気配はありません。酔っぱらいにお酒を飲まされたり、顔に白粉塗られたりしながら、宴は続いておりました。 そうこうしている内に空が白々と明け始め、いよいよ楽しい時間も終わりに近づいてきました。 8時間近く続いたこの日のコンサート。舞台に立っている人たちも大変ですが、観客もさぞ疲れているだろうと思っていましたが、それどころか皆明け方でナチュラルハイになっているのか、ここぞとばかりに踊り狂っておりました。 まさか、明け方が一番盛り上がる時間だったとは!これはイサーンに来てみないと分からない事実でした。さすがにピーク時の2,3時頃に比べれば、帰ってしまった観客もいましたが、それでも結構多くの人が残って、最後の瞬間を楽しんでいました。 中にはこれから仕事に行くであろう、近くの銀行の制服を着た女性も観に来ていたりして(終わり間際は無料で観られるので)、面白い光景が見られたりもして。 7時ちょっと前に大盛り上がりで終了した、この日のシラピン・プータイの楽団開きコンサート。本当に貴重な体験が出来て、大満足の1日になりました。 最後は本当は疲れているであろうプローイが、自ら運転する車で宿まで送ってくれたりして、最後までお世話になりっぱなしでした。 今度はシーズン最終日のコンサートを観に来たいなと、今から計画しております。

【秋のモーラム・ツアー2017】Part 1:プラトム・バントゥンシン@タイワッサドゥ・ミンブリー

いよいよ始まりました!モーラムの本格シーズンの到来です。 モーラム楽団は通例、雨季が明ける10月頃から徐々に活動を開始します。 しかし今年(2017年)は10月26日にプミポン前国王の葬儀が予定されていた為、その前後は活動を控えるという事で、特例的に9月からの楽団開きとなりました。 今回の訪タイはラムヤイ・ハイトーンカムの誕生日が10月3日なので、それを中心に計画していたのですが、その前後に楽団開きをするモーラム楽団が結構あったので、結果的にモーラムツアーみたいになりました。 まず最初はバンコクに到着した当日の9月26日にミンブリーのタイワッサドゥ前でプラトム・バントゥンシンのコンサートがあったので、それを観に行って来ました。 バンコクには予定通り到着したものの、ちょっとしたすったもんだがあって、結局会場に到着したのは21時半頃。コンサートもすっかり始まっていました。 前回タイに来た時も運良くプラトムのコンサートを観る事が出来たのですが、その時は雨季という事もあり、ミニ仕様(大きなセットではなく、シンプルなステージのコンサート)でのプラトムでした。 ミニ仕様はそれはそれで楽しいのですが、やっぱりフルセットを観てのモーラムですので、今回は楽団開き後という事もあって、完全版仕様のステージを観る事が出来ました。 前季も何回かプラトムのコンサートは観ていたのですが、今季はさらにパワーアップしていたようです。     何が違うかと言えば、やはり一番大きいのはステージセットと衣装ですね。 どの楽団もそうなんですが、年々豪華になる傾向があって、特にプラトムなのどのトップ楽団はお金をかけているようです。 前季は吊りものを使っている楽団がありましたが(今季も使われていました)、この日のプラトムでは本物の火を使っていて驚きました。火を使っているのを観たのは初めてです。 それと気になるのが、今季はどんな曲が選曲されているかという事ですが、意外だったのがチンタラー・プーンラープの「タオ・ゴーイ」の人気です。この日はこの曲が歌われるとサビで大合唱が起きていました。 他にもタカテーンの「ガイ・ゴーン」やポン・ヂャンタポンの「プーニープ・イーピ」はこの日以外の他のモーラム・コンサートでも必ず歌われていましたね。 また、シーズン開始に合わせて看板歌手がオリジナル曲を発表するのも最近の傾向と言えるでしょうか。 この日も主要歌手のエーン・オラディーが「ラック・ター・サムーヂャイ(รักเธอเสมอใจ)」、マイ・パッチャリーが「ナーノーン・ヤイ・ソンヂャイ・ボ・アーイ(นาโนนใหญ่สนใจบ่อ้าย)」といったオリジナル曲を披露していました。 しかし、モーラム楽団が動きだしたからとはいえ、前倒しでの開始の為、心配なのは雨でしょうか。 この日は途中小雨がぱらついて、もしかしたら降るかなという場面もあったのですが、何とか12時まではもちました。 しかし、その後大粒の雨が降って来たと思ったら、一気に土砂降りになり、残念ながらコンサートも強制終了となってしまいました。バンコクでのコンサートはだいたい1時くらいまでなので、もう少しもってくれれば良かったんですが・・・。 でも、プラトムの豪華なステージが少しでも観られただけでも大満足のモーラムツアー初日でした。

thThai
jaJapanese thThai

Copyright© ルークトゥンモーラム・ファンクラブ , 2018 All Rights Reserved.