【アルバムレビュー】The THAI Beatles:ビートルズの名曲をタイ風にカヴァーしたらこうなった

レヴュー

正直な事を言うと、カヴァーアルバムという類のものは好きではありません。

理由はいくつかあります。

  • 発想が安直。
  • オリジナルに愛情が感じられないものが多い。
  • オリジナルを超える、大胆な発想のアレンジが少ない。

そんな事から、カヴァーアルバムを買うどころか、聴くこともほとんどありませんでした。

しかし、そんなひねくれ者の心を動かしたアルバムがとうとう出てきたのです。

それが、今回取り上げるこの「ザ・タイ・ビートルズ」というタイトルのCD。

タイトルからも想像できるように、ビートルズの曲をタイ風にカヴァーしたアルバムです。

Baicha Song Presents Album "The THAI Beatles"

ジャケットのイラストもGoodなアルバム「ザ・タイ・ビートルズ」

いかにも眉唾なタイトルにコンセプトですが、これを制作したのは、これまでも信頼の良質サウンドをリリースしてきた、タイのインディーレーベル「Baicha Song」。

タイ音楽の歴史に残る名盤と言っても良い「ルークトゥンHi-Fi」をはじめ、丁寧でセンスの良いプロダクションで、高品質の音楽を我々に聴かせてくれているレーベルです。

これまでBaicha Songからリリースされたアルバムをいくつか購入して聴きましたが、どれも非常にクオリティーが高く、愛着を感じるものが沢山ありました。

そういった理由からもこのアルバムは手元に置いておく価値が充分にあると判断し、購入を決めた次第です。

でも、やっぱり不安があったのも事実で、恐る恐る聴き始めたこのアルバムでしたが、開始数秒でその不安は吹き飛びました。

さすがBaicha Song!そのクオリティーは想像を超えていました。

単なるアイデア一発勝負で終わらせることなく、しっかりと作り込まれた緻密な音作りが素晴らしい一作です。

それに、この「ビートルズ+タイ」というアイデアは、突拍子のないものに思えるかもしれませんが、世代的にもそれほどビートルズには深い思い入れが無いという事もあり、自分的には充分にアリと言えます。

タイで発売されたのは2020年8月でしたが、徐々に日本でも輸入盤を取り扱い始めているショップも出てきたので、日本のリスナーも耳にすることが出来る機会が増えました。

そこで、このブログでもこのアルバムの魅力について紹介してみる事にしました。

購入の際の参考になれば嬉しいです。

なお、先ほども述べたように、自分は特別ビートルズのファンという訳ではありませんので、タイ音楽よりの視点での感想です。

また、タイのミュージシャンの名前はタイ文字から直接読んだものを仮名表記しています。

1.Welcom To The Thai Beatles : สวีทนุช(スウィート・ヌット)

イサーン(タイ東北部)の民族楽器であるケーン(マウス・オルガン)と、タイの伝統楽器クルイ(笛)のインプロビゼーションで幕を開けるこのアルバム。

こちらはカヴァーではなく、オリジナルです。

女性の声は、Baicha Songからアルバムもリリースしているおばちゃん歌手スウィート・ヌットです。

2.Come Together : เก่ง ธชย(ゲン・タッチャヤ)

ジョン・レノンのパワフルなヴォーカルで、ビートルズ・ファン以外にもよく知られているこの曲。オリジナルは1969年リリースのアルバム「Abby Road」に収録されています(Original Version:Come Together)。

このカヴァー・ヴァージョンは分厚いケーンの音から始まるという、アルバムのスタートにふさわしいアレンジ。

ちなみにケーンを担当しているのは、以前このブログの「2020年に注目しておきたいアーティスト5組」でも取り上げた、トントラクーン(ต้นตระกูล)です。

ヴォーカルを担当しているゲン・タッチャヤは、タイのテレビ局で放送されているオーディション番組「The Voice」にも出演経験があり、女性を中心に人気の高い歌手です。

彼が他の歌手と違うのは、タイの伝統演劇である仮面劇「コーン(โขน)」の語りで用いられる発声法を習得している事。

仮面劇「コーン」に登場するハヌマーン。

その発声法を歌に取り入れ、普通のポップスとは違う独特の世界観を作り上げています。

オリジナルを解体・再構築することで、全く違う印象に生まれ変わったこの曲。

このアルバムを代表する1曲であるとも言えます。

※仮面劇「コーン」に興味のある方はこちらの動画をご参照ください→Khon [masked dance drama in Thailand]

◆The THAI Beatles “Come Together” レコーディング風景

3.Day Tripper : เบิร์ด ธรรมรัตน์(バード・タンマラット)

1965年にシングル「We Can Work It Out」とのカップリングでリリースされたオリジナルは、ソリッドなビートで人気のある曲です(Original Version:Day Tripper)。

1980年代をリアルタイムに経験した世代には、YMOのカヴァーでもお馴染みでしょう。

しかしこのカヴァーでは、何とも穏やかな、タイの田園風景を思い起こさせるようなアレンジで歌われています。

歌っているのは、Baicha Songが制作した名盤「ルークトゥンHi-Fi」のシリーズ2作に参加している男性歌手バード・タンマラット。

※アルバム「ルークトゥンHi-Fi」に関しては、こちらをご参照ください。
【アルバム名盤選】ルークトゥンHiFi・・・絶妙なセンスで蘇る古き良きルークトゥン

Day Tripperレコーディング時のバード・タンマラット。

彼のほのぼのした、温かいヴォーカルと分厚いホーンセクションが完全なルークトゥンスタイルですが、そこに英語の歌詞が重なるという、ミスマッチが面白い曲。

4.Across The Universe : แนท บัณฑิตา(ナット・バンティター)

オリジナルは1969年に制作されたチャリティーアルバム「No One’s Gonna Change Our World」の為に作られた曲(Original Version:Across The Universe)。

原曲も大きなスケールを感じさせる曲ですが、このカヴァーもクルイやラナート(木琴)、グローン・ヤーオ(太鼓)など、タイの伝統楽器によって、悠久の時間が見事に表現されています。

歌っているナット・バンティターは、ゲン・タッチャヤ同様、オーディション番組「The Voice」に出演経験のある人で、その高い歌唱力には定評があります。

「The Voice」は4人の審査員が最初、歌っている人に背を向けて、顔が見られない状態になっていて、歌を聴いて審査員が合格を出した場合のみ、ボタンを押して顔が見られるというシステムになっているのですが、ナットが出演した時は、歌い始めて数秒で、審査員全員がボタンを押すという快挙を成し遂げています。

それだけプロが聴いてもしっかりした歌唱力の持ち主なのですが、彼女の歌は音程がしっかりしているだけでなく、ポップスやジャズ、ルークトゥンなど様々なスタイルを歌いこなせる器用さも持ち合わせている人です。

ここでは、プロデューサーのバン・スワンノーチン氏のリクエストにより、タイの伝統的歌唱法で歌われています。

そして、もしこれが英語で歌われていなかったら、元歌がビートルズである事に気が付かないのではないかと思うほど、見事にタイ音楽に昇華されています。

◆The THAI Beatles “Across The Universe” レコーディング風景

5.I Feel Fine : รัสมี เวระนะ(ラッサミー・ウェーラナ)

オリジナルは1964年にシングルでリリースされた曲(Original Version:I Feel Fine)。

元歌はかなりポップですが、このカヴァーはテンポを落として、モーラム・マナーのヴォーカルとグローン・ヤーオやチャープ(小型シンバル)といった楽器が使われている、イサーン音楽のスタイルが採用されています。

歌っているのは、日本でも人気の高いバンド「ラッサミー・イサーン・ソウル(Rasmee Isan Soul)」でヴォーカルを担当しているラッサミー・ウェーラナです。

動画では分かりにくいですが、このレコーディングは彼女がまだ妊娠中に行われたようです。

そして、母になった事で心なしかその歌声に深みが増したような気もします。

ビートルズはインド音楽に傾倒しましたが、イサーン音楽に出会っていたら、こんな曲も作られたかもしれない、などと妄想しながら聴くのも楽しい1曲。

◆The THAI Beatles “I Feel Fine” レコーディング風景

6.Girl : วินัย พันธุรักษ์(ウィナイ・パントゥラック)

1965年リリースのアルバム「Rubber Soul」に収録されているこの曲(Original Version:Girl)。

アルバムの中の1曲という事で、ビートルズを熱心に聴いてこなかった僕の様な人間には、オリジナルはあまり馴染みがありません。その分、このカヴァーは新鮮な気持ちで聴くことが出来るのですが。

ヴォーカルを担当しているウィナイ・パントゥラックさんは、国家認定芸術家であり、タイで洋楽を取り入れた音楽を演奏した最初のバンド「The Impossible」のメンバーでもあった人です。

そういった意味でも、この企画にはうってつけの人選であると言えるでしょう。

これは僕の想像ですが、もしかしたらプロデューサーのバン・スワンノーチン氏は、この曲に関しては選曲を決めてから歌う人を選んだというよりも、先にウィナイさんに参加してもらう事を決めていて、後から彼に合う曲を選んだのかもしれません。

そう思ってしまうほど、ウィナイさんの歌声と曲調が見事にマッチしています。

アレンジもかつてのプレーン・タイ・サーコン(洋楽風タイ音楽)を再現していて、Impossibleが全盛だった時代にタイムトリップ出来そうな雰囲気です。

◆The THAI Beatles “Girl” レコーディング風景

7.When I’m Sixty-Four : สุนทรี เวชานนท์(スンタリー・ウェーチャーノン)

オリジナルは1967年リリースのアルバム「サージェント・ペッパーズ・ロンリーハーツ・クラブ・バンド」に収録された1曲。

1982年に制作されたアメリカ映画「ガープの世界」で、オープニングに使用されていた事でも聞き覚えのある曲です(Original Version:When I’m Sixty-Four)。

クラリネットの音色が印象に残る、ほのぼのとした原曲とは対照的に、このカヴァーはタイ北部のフォークソングであるランナー音楽のアレンジによって、どこか物悲しい雰囲気を漂わせています。

実はランナー音楽には明るい曲がほとんどありません。

歌詞の内容も人生の悲哀を歌ったり、時には政治的であったりします。

では、なぜ、このほのぼのした曲をランナー音楽の歌手に歌ってもらったかというと、これを歌っているスンタリー・ウェーチャーノンがレコーディング当時(2019年)、64歳だったからという、洒落好きなバン氏らしい発想です。

スンタリー・ウェーチャーノンは「チェンマイの娘(สาวเชียงใหม่)」を歌った事でも知られる、ランナー音楽を代表するアーティストの1人です。

そして、娘のランナー・カミン(ลานนา คัมมินส์)も歌手として活動しています。

スンタリーは現在、チェンマイにある自身のお店を中心に活動していて、そこでは娘のランナーもよくステージに立って歌っているようです。

8.Lucy In The Sky With Diamonds : โอ๋ ชุติมา(オー・チュティマー)

こちらも「サージェント・ペッパーズ・・・」に収録されている曲がオリジナル(Original Version:Lucy In The Sky With Diamonds)の1曲。

このカヴァーも他の収録曲に負けず劣らず、大胆なアレンジが施されていて、イントロのコーラスはマイナーキーに転調までされていますので、一瞬、オリジナルがどんな曲だったか、思い出せませんでした。

歌っているオー・チュティマーは、Baicha Songから2枚のアルバムを出している女性歌手。

オー・チュティマー(左)とBaicha Songのオーナー、バン・スワンノーチン氏。

彼女はポップス~ジャズ系の歌手なので、歌は透明感があり癖は少なめですが、クルイやチンなどのタイの伝統楽器を中心にしたバックの演奏が一癖も二癖もあるので、その辺で上手くバランスがとられている曲と言えるでしょう。

9.Oh! Darling : กุ๊ก อรสุรางค์(クック・オンスラーン) (1969 Abby Road)

一聴して、思わず笑ってしまった、見事にルークトゥンに昇華された曲。

このアルバムの中でフェイバリット・ソングを選べと言われたら、迷わずこれを選びます。

オリジナルは「Abby Road(1969年)」に収録されている曲です(Original Version:
Oh! Darling)。

ポール・マッカートニーが熱唱しているこの曲ですが、カヴァーでは非常に冷静に、しかしタイらしい内に秘めた思いを歌に込めて表現しています。

これを歌っているクック・オンスラーンはバード・タンマラットと同様、「ルークトゥンHi-Fi」シリーズに参加している女性。

1作目のルークトゥンHi-Fiに参加した時は、わずか15歳でしたが、あれから既に10年以上が経過していますので、今は立派な成人になっております。

当時から天才的な歌唱を披露していた彼女ですので、学業が終了したら歌手になるのかと思っていましたが、現在はタイの空軍に勤務していて、歌を歌う時もありますが、専業にはしていません。

現在のクック・オンスラーン(Facebookより)。

しかし、専業にしていない分、クックの歌にはプロの歌手が無くしてしまったピュアな部分が残っているような気がします。

それが、彼女の歌を聴くと、心が洗われるような気分になる要因だと思っています。

元歌はビートルズなのに、聴くと見事なタイの田園風景が目の前に広がるこの曲。

これを聴くだけでも、このアルバムを買う価値があります。

10.Norwegian Wood(This bird has flown) : อนิล สุวรรณโชติ(アニン・スワンナチョート)

「ノルウェーの森」のタイトルで、日本人にも馴染みのあるこの曲。オリジナルは「Rubber Soul(1965年)」に収録されています(Original Version:Norwegian Wood)。

原曲もアコースティックギターを中心としたシンプルなアレンジでしたが、このカヴァーでもそれに倣ってか、ケーンとパーカッション、ギター、ベースという簡素な編成で演奏されています。

アニン・スワンナチョートは数々のテレビの歌番組でもその歌声を披露してきている実力派歌手。

アニン・スワンナチョート(Facebookより)。

ポップスだけでなく、ルークトゥンも歌いこなせる歌唱力を持ち合わせています。

バックがシンプルだと、歌にごまかしがきかなくなりますが、それに充分対応できる実力を持っている歌手だと判断して、プロデューサーのバン氏がこの組み合わせにしたのではないかという気がします。

11.Help! : วงพื้นบ้านประสานเสียง(Thai Folk Chorale) (1965 Help!)

これまでの選曲は、どちらかというと王道からすこし外した感じがありましたが、最後はビートルズを知らなくても、誰でも知っているであろう、王道の曲が選ばれています。

オリジナルは1965年に制作されたビートルズ出演の映画「ヘルプ!4人はアイドル」のテーマ曲になったもの(Original Version:Help!)。

疾走感があるビートが特徴の原曲ですが、そんな曲をここではタイの民謡合唱団が、なんと収穫の歌のスタイルで披露しています。

「プーン・バーン・プラサーン・シアン」はタイの民間で伝承されている歌や踊りを演奏するグループです。

◆プーン・バーン・プラサーン・シアンのコンサートの様子

「ビートルズ+民謡合唱団」という突飛な発想ですが、形になるとこれが意外と違和感なく聴けます。

それは、これを上手くまとめ上げたプロデューサーのバン氏のセンスの賜物であるとも言えますが。

しかも、このカヴァーの中にはヘルプ!以外のビートルズの曲が、こっそり隠されている仕掛けまで施されています。

それを探すのも、ひとつの楽しみではないでしょうか。


こうして一通り各曲に簡単に触れてみても、このアルバムが単なるカヴァーアルバムを超えた面白さが詰まっていると分かっていただけると思います。

そして、このアルバムのもうひとつの素晴らしい所は、タイの様々な音楽のヴァリエーションを、ビートルズという素材を使って上手くまとめ上げた、見事なタイ音楽のカタログになっている所です。

タイ音楽に興味がないビートルズ・ファンの人が、どれくらい聴いてもらえるかは分かりませんが、そういう機会があれば、もしかしたらタイ音楽の面白さに気が付いてくれる人も現れるのではないか、そんな期待もしています。

盤面だけでなく、Bandcampではダウンロードのみの販売もしていますので、この記事で興味を持っていただけたら、ぜひ聴いてみてください。

【CD購入はこちらから】

Bandcamp – The Thai Beatles

ディスク・ユニオン/THE THAI BEATLES (CD)

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